かんたろう@浜松
7月に敢行した中部一周ツアーの幕開けに選んだ店。幸楽というとんかつの名店が存在するおかげで、俺にとっては浜松といえば「とんかつ>うなぎ」となりがちなのであるが、この店はまぁ別格と言っていいだろう。まぁ最近は持ち上げられ過ぎの感も無きにしもあらずだが、数が多い分がっかりする事も少なくない浜松のうなぎ店において、ここを選んでおけばまず間違いないといえる数少ない店の一つである事は確かだ。
「関東風が美味いか、関西風が美味いか」という議論は良く見かけるが、それは単に手法、アプローチの違いであって、それが味のクォリティに直結する事は無い。俺がそれを問われれば、「どちらも、美味い店もあれば不味い店もある」という答えを出す以外ない。俺は東京出身の人間なので、馴染みがある味という意味では野田岩に代表されるふっくらとした蕩けるうなぎで、それがうなぎの食べ方として関西風のパリッとした焼き方に劣るとは思わないし、逆に本当にちゃんとした天然ものを使わなければ身痩せ感が先立ってその真価を堪能出来ないであろう関西風の焼き方が、しっとりと柔らかい(七難隠すとも言える)関東の食べ方に劣るわけもない。味噌ラーメンと塩ラーメンとどちらが美味いか、A型とO型どっちがいい人間かというような頭の悪い比較と一緒だ。このような浅はかさでうなぎに対峙すると、岐阜の茶山林泉(後日書く)のような問題店(良くも悪くも)に出くわすと対応不能になる恐れがある。むしろ手法によってここまで楽しみ方が多様になるという、うなぎという食材の持つ懐の深さを楽しむべきだろう。
話がそれた。かんたろうの事だ。ここは私見によれば、関西風ではあるが関東の人間にも違和感無く(逆に言えば新鮮さもそれほど無い)食べられるような甘めの味つけ、ふっくら感を適度に残した食感を楽しめるので、双方の手法のいいとこ取りをしたような店というのが第一印象だ。そこには確固たるノウハウや信念を感じる。そういう意味では、手法によって様々な顔を見せるうな重という料理の全国的な基準とするにはもってこいの店だと思う。
美味いうなぎを出す店というのは、何しろ待たされる。外よりもむしろ席についてからが長い。これは勿論美味いうなぎを食べさせる店ではほぼ例外無くかかる時間ではあるが、だからこそ重要になってくるのがメインが出てくるまでのつなぎに頼むサイドメニューだ。個性的なうなぎという食材と相性の良い食い物というのはそうそう多くないゆえ、大抵の場合品数はそれほど充実してない。例え充実していたとしても、うなぎとの相性を考えると頼めるメニューは限られる。その点、ここの肝焼きは、メインへの序章という意味でも一品としてのクォリティという意味でも完璧に近いと思う。香ばしさ、歯ごたえ、苦みとコク、ここんちのうなぎは、死ぬまでさぞかし良いもん食ってたんだろうと想像させられ、いやが応にも次にくるご本尊への期待を十分に煽ってくれる。これまで食べた肝焼きの中でも1、2を争う美味しさであった。
とはいえ、肝焼きで十分煽られてからがまた長いw。肝焼きをあっという間に片付けてからさらに待つ事30分、いいかげん待ちくたびれた頃にやっとご本尊登場。こんだけ待たされたのは大津の大浜丸魚力以来だ(あそこは単にオペレーションが悪すぎるだけだが)。冒頭で味の事はざっと書いてしまったのであまり書く事も無くなってしまったが、その佇まい(焼き具合)や芳しい香りを嗅ぐだけで、有名店に相応しい安心感を得られる。ただでさえ質の良いうなぎが、関西風とはいえ決して焼き過ぎない身のふっくら感を十分残した火加減によって、うなぎの癖や旨味を個性として十分残しているのが嬉しい。味付けは関西風という割にはちゃんと甘さを残したもので、これも関東の人間にとっては親しみ易い。ご飯もうなぎのメリハリのある食感と呼応するかのようにしっかりと歯応えを残す炊き加減で、甘みもありなかなか美味しいもの。真っ当な食材を真っ当に調理した、スタンダードと言うに相応しい完成度である。これなら全国どこの友人にも、好みの地域差に関係なく勧められるだろう。
このような、その人が育った環境をあまり考慮しなくても安心して勧められる店というのは、実はあまり多くない。特に俺のような、ある意味特殊な食の好みを持つ人間(裏を返せば地域差に惑わされないという事なのだが)にとっては貴重だ。こんなblogをやる程食にはまってる人間であるにも関わらず(いや、深くハマってしまったからこそ)、実は人に美味い店を教えると言う事は結構難儀する行為なのだ。自己責任で行ってくれという以外にない。
勿論ここ以上の店が無いかと言われれば嘘になるだろうが、ここを越える店という事は、かなりその人の好みによるエフェクトがかかったものであるだろう。それはすなわち好みによる差によって、人に紹介する上でギャンブルの要素を含んでしまうということである。それは思い入れがあればある程強くなる。そういう意味でもこの店は、例え自分が一度も行った事が無くても勧めてしまって失敗する事は無いだろう。それくらいの安心感のある店だと感じた。
聞いた話によると、実はこの本店よりも蜆塚にある支店の方が美味いとの事だが、だとすると支店にも出来るだけ早いうちに行かないといけない。支店だから当然同じようなメニュー構成と味付けなのだろうが、それでも差がつくというのなら、そこにはある基準を突き抜けた魅力を孕んでいるという事だ。それだけで東京からそのためだけに駆けつける価値は十分にある。次は是非支店の方で食べてみたい。