仁亭@郡山
相変わらず朝食らしからぬ量の朝食をやっつけ、直ぐ近くにあるアクアマリンふくしまへ。本日午前中のメインイベントである。この水族館、『環境水族館』というサブタイトルがついてる事からも分かる通り、学術研究を主とした水族館で、どちらかというとエンターテイメント性よりもアカデミックな要素を重視している。したがってどんなショボい水族館にもある、イルカやアシカなどのショー的な見せ物は一切無い、もしかするとガキにはあまり嬉しくない硬派な施設である。と、文章で書くと一見愛想のない水族館に感じられるが、その少し突き放したようなストイックな見せ方が美しくとてもいい。これまで行った水族館の中でも一番好きなものの一つである。
一口に水族館といっても、そのコンセプトやそこから得られる経験、知識、感動は様々である。全国に数多ある水族館のうち、この施設の近くにたまたま住んでいて、『水族館といえばアクアマリンふくしましか知らない』という子供がいたら、その子は凄くラッキーだと言える。これほど『上質』な水族館は日本広しと言えどそれほど多くはない。学術的ではあるが、恩着せがましくも説教臭くもない。この絶妙な立ち位置は、水族館ではなかなかありそうで無かったバランス感覚だと思う。
人がまだ少ないであろう開館の9時丁度に到着して、お子様達がまだ来ないうちにゆっくり見回ろうと思っていたが、既に結構な家族連れがいて人気の程が伺える。詳しい内容については控えるが、水族館が好きなら、絶対に外せない施設の一つである。個人的には、このツアー後のGW中に行った『ちゅら海』よりも好きな水族館だと言える。イルカショーや、巨大水槽のようなキャッチーな見所は無いが、よく見るとそこかしこにちりばめられている気の利いたアイディアがこの施設の姿勢を物語っている。
前述のように『海、生命の進化』をテーマにしてる事から、もっともフューチャーされている魚はシーラカンスである。勿論飼っているわけではないが、ROV(水中カメラ)を持って南アフリカやインドネシアに行っては度々撮影に成功していて、その映像が色々なパターンで流されている。そこに居もしない魚をあれだけ力入れて特集すると、本物をポンとただ置かれるよりかえって妙なリアリティと説得力がある。
他に期間限定の特集なんかもマニアックでなかなか面白い。我々が行った時には清水大典と冬虫夏草の展示をやっていたw(7月までやってます)。子供が見て楽しいのか分からんが、今年40を迎えた俺はとても楽しめた。
というわけで、午前中は珍しく食い物の事を忘れて水族館に熱中し、気付くと12時はとっくにまわっている。3時間半くらい居たのか…当然腹はぺこぺこだ。昼食を予定している店のある郡山へと急ぐ。
目指す店は仁亭。焼きかつで有名なとんかつ屋である。焼きかつと言えば、このblogをずっと読んでる人ならまず真っ先に思い浮かぶのがあの店だ。俺も随分と沢山のとんかつを食ってきたが、俺の中での焼きかつ(まぁある意味では本来のカツの姿なんだが)部門不動の一位は今も昔も北品川をおいて他には無い(そういえば、移転後の様子などもちゃんと書かないといけないな、もうとんかつは作ってないとか)。焼きかつが美味い店が郡山にあるというのは以前から聞いていたが、果たして俺の基準である北品川のそれと比較してどうなのかを確認するのが、今回の主たる目的である。本来は北品川で作られなくなったとんかつの代わりになるような店を見つけたいのだが、例えそれに見合う味であったとしても、流石に夕方思い立って夜食に郡山まで出向くのは物好きな俺でもキツい。
時間は既に1時半を回っていたが、流石に有名店、駐車場(狭いけど)は満杯、待ち人も何組かいる。その最後尾について待っている間、写真のようなメニューを持たされる。いい旅麻呂気分。なかなか風情はあるが、生憎頼むメニューは来る前から決まっている。今回は揚げたもんでなく焼いたものが目的の上に、本来俺はカツはロースしか食わないのだから。
待ち人数の割に比較的早く席に着けたのは、きっとフロアで一人切り盛りしている初老男性の客さばきが見事だからだろう。このおっちゃんの接客というのは、俺の好みとは違うがとてもレベルが高い。掛け値なくプロ中のプロと呼べる実に気持ちのよい接客をする。一般的にはこのおっちゃんの接客を体験するだけでも、この店の存在意義は十二分にあると言えるだろう。
注文をすませた後、一番最初に運ばれてくるのはこの山盛りのサラダだ。べんてんの大盛りの器と同等の大きさのボウルに盛られた大量の野菜は、波ならぬ拘りを感じるとかいうものではないが、『水が美味くて土が良ければ、そりゃ美味いだろう』という至極真っ当な味がする。地元では当たり前の事かもしれないが、東京ではこの味にたどり着くのに相応の努力を要する。こういう味を無意識に当たり前に享受出来るか、意識的に探さないと巡り会えないかが、東京と地方の決定的な格差だ。
大量の野菜は二種類のドレッシングで頂く。これも取り立てて美味と言うわけではないが、真っ当に美味い野菜の味を必要最小限に引き立てる、これまた正しいドレッシングと感じた。少なくとも、野菜そのものの味を味わいたいのに結果としてドレッシングの味しか残らないような、おせっかいかつ本末転倒なものとは違う。俺は、ドレッシングそのものがいくら美味くてもちっとも嬉しくない人なのだ。それだけで十分に嬉しい配慮である。
そして野菜を充分楽しんだ後、絶妙のタイミングで運ばれてきたご本尊。なるほど、焦げや衣の目の細かさからも分かる通り、佇まいはフライパンで焼き上げるタイプのカツレツ然としている。形状からして脂身は十分にカットしてあるようだが、それが嬉しいか残念かは食べてみなくては分からない。
で、結論から言えば、やはり名前に恥じぬ美味しさである事は確か。そして焼きかつのよい部分を最大限に発揮している技術もなかなかに秀逸。一回行っただけなのに胸はってお勧め出来る味だ。ただ個人的な経験値に基づく感想は、北品川を越える物ではなかったという事だ。まぁあれはもう食えない(と思う)ので、現時点では焼きかつ部門No.1という事になるが、それは自由が丘の某店他、2、3軒との比較である。
まず肉質だが、予想通り脂は充分にカットされてるものの、赤身の霜降り具合からか、肉のジューシーさ、柔らかさは特筆もの。その割には肉自体の旨味はやや淡白なので、俺のような肉好きには少し物足りないが、お年寄りや脂嫌いの人にはむしろ食べ易いだろう。この辺は当日の老若男女を問わない客層にも現れていた。そして衣。これが揚げかつには無い焼きかつの真骨頂なのだが、部分的には固いと思えるほどクリスピーで、カリッどころかガリッとくる香ばしい食感がたまらない。中の脂もしっかり閉じ込めている。そして時間が経っても下側の衣が脂でぐちゃっとならない。このコントラストが無ければわざわざ焼きかつにする意味が無いのだ。
味も最高、サービスもホスピタリティも素晴らしい(これについては皆が皆同じ事を述べているので割愛)、客層もいい。にもかかわらず、俺の心に『それ以上の何か』が響く事は無かった。これは恐らく店の問題でなく、俺自身の問題だ。この店はあらゆる面で模範的である。期待しただけの価値を充分に提供してくれる。こういう、当たり前の事が当たり前に出来ている店が驚く程少ない現状で、存在自体貴重なのは確かだし、多くの人が評価するのも理解出来る。それでも、金を払って外で食う事に、自分ではとても出来ない、想定外の何かを常に期待している俺にとっては、こういう誰でも最大公約数的に評価出来てしまう価値こそ正義だとばかりに、ここを訪れた多くの人間が、異口同音に評価する状況自体に何か詰まらなさを感じてしまうのである。勿論それがこの店の評価を下げる事には全くならないが、こういう『良店』に訪れるたびに、外食というものに求める価値について、世間と俺との温度差のようなものをますます感じてしまうのだ。元々他人の評価など一向に気にならない人間なのである(それが悪い部分でもある)が、それでも、俺が過剰に愛している店に対して『良さが全くわからない』などネガティブな評価もちょくちょく見かけるようになったw事からも分かるように、ますます広がりつつある世間一般との距離感というものは、常に把握していようとは思う。