『とんかつ北品川』のガイドライン
◆とんかつ北品川とは?
『京浜急行北品川駅のそばにひっそり佇むこじんまりとしたとんかつ屋。昼は極上の東京Xや十和田ポークを使用した、フライパンとオーブンで焼き上げる美味しいとんかつを供する何の変哲もない(勿論その辺のとんかつ屋ではとても太刀打ち出来ないレベルの)とんかつ店(しかし最近は大将の体調が優れず、昼はあまりやってない)なのだが、夜はまったく別の顔をもつ。
常連だけを呼びつけ、全国から仕入れた最高級の魚介、肉、野菜料理を、利益無視の値段で、これでもかという圧倒的な量で食わせる、ほとんど親父の道楽としか思えない営業形態に変貌する。 』
この店に通い始めてもう1年半ほどになるが、行くたびに驚きと発見がある。いや、驚きとか発見とかそんな穏やかな感情の動きではないな。確実にここでしか味わえない何かがあるのだ。見知らぬ人を誰も彼も誘って連れて行ける店ではないので、行った人にしか伝わらないのが歯がゆくもあるが、純粋に多くの知人達に味合わせたいので、なるべく定期的に会を催すようにしている。
大抵の場合は10数人ほど集めてほぼ貸し切り状態で予約を入れる。メニューは基本的に無く、その日に入った最も良い材料を最良の状態、形で出してくれる。親父は基本的にサービス精神旺盛なので、リクエストも快く聞いてくれるが、いかんせんすぐ忘れるのでw実現の確率は半分以下。まぁリクエストなんぞしなくても質量ともに十分幸せになれる料理が出てくるので何も不満は無い。その他細かい特徴を挙げると、
●親父が変わっている。俺にとってはとてもオモロく愛すべき人なのだが、暑苦しい人は暑苦しいかも。
●とんかつ屋のくせに魚介の方が得意。
●とんかつ屋のくせにとんかつが出てくるとは限らない(言えば出てくる場合もあるw)。
●途中でメニューを斡旋される事がある (『4kgのタラバが2はいあるけど、一人1500円UPで食うか?』とか)。
●使ってる素材の質が尋常じゃない。 (例:すきやばし次郎に卸してるものと同じクラスの魚とか)。
●出てくる量が尋常じゃない(デパ地下の大皿総菜のような物量感)。
●酒は基本的にワイン(銘柄固定の場合が多い)のみ。ビール、ウーロン茶もあるにはあるが。
料理は、素材の質/量を考えると信じられない安さで出てくるが、その分ドリンクの値段がそれほど安く無い(ウーロン茶もしかり)ので、特に酒を良く飲む人にとっては結果として吃驚するほどの安さにはならない。もっとも、同じ値段出してこれほどの満足感を与えられる店は殆どない事に変わりはないが。そりゃそうだ。そもそも、その辺の店では仕入れる事さえ出来ない素材のオンパレードなのだから。
したがって、単に値段的な『お得感』を期待してここに来るのは間違い。あくまで、単に金だけ積んで得られる程度の満足ではなく、ここの親父だから手に入る本物の素材を味わう、本当の意味での『大人の遊び』を楽しむ店なのだ。
では、前置きはこれくらいにして、今までここで味わったメニューのベストセレクションを見て下さい。多くを語るより、写真を見た方が何倍もこの店の凄さが伝わるだろうから。
大抵の場合、まずこの自家製の鴨ロース薫製と海老のテリーヌで宴が始まる。この鴨だけでもう何kg食っただろうかw。ただでさえ、通常考えられる鴨の薫製より断然旨味の濃いものが、これだけの厚みで切られてでてくると、もはや全くステージの違う食い物に感じられる。テリーヌは最近出す様になった。ともに現在のこの店を象徴する一品。
初めてこの店を訪れたとき、初めてこれがテーブルにドンッと置かれた時の衝撃は未だに忘れられない。今まで俺が培ってきた料理という概念が根底から崩された瞬間だった。そして味わってさらに衝撃を受ける事になる。肉は選び抜かれた東京Xの三枚肉。大げさでなく、お年寄りでもまるまる一本は食えるであろうほどしつこく無いのだ。俺に良質の脂というもののなんたるかを知らしめた、紛う事なきこの店のクラシックスである。最近はめっきり作ってくれなくなったのが残念だ。
これもこの店のクラシックと呼ぶに相応しい的矢の生牡蠣。多分今これを見てる誰もが想像してる大きさよりも大きい。しかも中からしみ出してくる旨味の濃厚さはまるでクリームだ。これが....
このような物量感で出てくる。これだけでも自分の中の何かが崩壊する事請け合い。ちなみにこの店での牡蛎の出され方は大きく二種類ある。一つはこのように生でそのまま。もう一つはフライだ。火が入るとまた別の次元へと移行する↓
フライの時には、そのまま塩で食うパターンと、このように煮詰めたバルサミコをかけて食うパターンがある。それぞれに美味いのだが、バルサミコかけの美味さといったら....これだけ食うために来ても後悔はしない。ちなみにこの量で大体4人前くらいか。一皿につきこの量で10品以上は出てくるのだから、当然思考も胃袋も昇天する。結果、食=ドラッグという結論に行き着くw。
ここが得意とする揚げ物は何も牡蛎だけではない。この穴子もその一つ。シンプルだからこそ素材の味と料理人の腕が試される料理だと思うが、ここのは素材もさることながら、その素材の良さを最大限に生かす繊細な衣の食感も素晴らしい。天ぷらでなくあえてフライというところに、そしてフライで洋食でなく日本料理の繊細さを惜しみなく発揮している親父に、尊敬の念を禁じ得ないのだ。
そして、ドリームチームがごときこの店のメニューの中でも主将的存在なのがこの海老フライ。一生に一度は味わっておきたい海老フライがここにある。見た事も無い大きさもさることながら、甘みが尋常ではない上質の車エビに、絹のような美しい衣が纏う。この一品に関しては、塩すら邪魔な存在なのだ。
ところが、これだけの揚げ技術を持っているにも関わらず、この店の看板にもなっている『とんかつ』は、実は揚げ物ではない。フライパンとオーブンで焼き上げるタイプの料理なのだ。ここに親父のこだわりの真骨頂が伺える。この断面の美しいピンクを見よ。このような超レア状態でも供する事の出来るレベルのこの豚(東京X)には、溢れる旨味を残さずガッチリ閉じ込めるこの手法こそベストなのだ。幾ら食っても胃がもたれる事など無いこのとんかつを食えば、俺が普段良く言ってる『ロース以外はとんかつではない』という意味が分かると思う。『ヒレかつの方が好き』という方は、まずこれを食ってから言ってもらいたいものだ。
ちなみにここのとんかつには、写真のようなデミグラスソースをかけたバージョンも存在する。これは滅多に出てこないので食べられた人はラッキーという以外に無いが、あらためてここのとんかつの凄さが良くわかる一品だ。
同じロース肉使ったこんなソテーもある。これが、このエントリーの最後に紹介する500gステーキの直後に出てきた時には流石に目を疑ったね。ここまでいくとお茶目というだけでは片付けられないだろうw。これがまた異常に美味いだけに、イジメとしか思えなかったわ。
濃い写真が続いて、流石に見てるだけでも口中脂まみれになってくると思うので、ここで少しさっぱりしたものを。ここのお造りも、季節を問わず想像を絶するものが出てくる。その中でも代表的なのが上のカンパチと、下の氷見の天然寒ブリ&大間のメジだ。勿論それぞれに旬があるので一年を通して出てくるわけではないが、驚くべき時期に驚くべきレベルの魚が出てくるのが常だ。それはとある事情で親父が独自のルートを持っているからなのだが、例えばすきやばし次郎に卸す魚と同じものといえば伝わるだろうか。それを大胆(というにはあまりに適当だがw)にも調理したボウルにそのままで出してきたりする(写真上)。そして何よりその切り身の大きさが尋常ではない。これも写真ではスケール感が伝わりにくいのだが、ネタの大きさを自慢してるような寿司屋でも見た事が無いレベルの大きさだ。全く、品性もへったくれもないのだが、ここまでくると、まるで川に入って鮭に食らいつくツキノワグマのような、野生の本能を呼びさます感覚に襲われ、えも言われぬトリップ感が生まれる。それも、素材の良さがあるからこそ生まれる、ここでしか味わえない価値なのだ。
生魚系の料理は他にもホタテやカツオ、イカやボタンエビなど季節に応じて色々とでてくるのだが、その中でも特に印象深いナマコとコノワタをご紹介しとく。まぁ紹介といっても、これに関してはもうスゴイ!としか言えないのだが、これ以上のものを食った記憶は今のところ無い。まだ一、二度しか出てないのが残念至極。
ついでにもう一つ、ホタテの味噌ダレ和えを。これは数あるここのメニューの中でも結構な確率で気に入る人が多いメニュー。一見、ホタテの甘みと味噌の甘みが喧嘩しそうな組み合わせであるが、八丁味噌の個性にもまったくマスキングされないここんちのホタテの濃厚な甘みがあるからこそ成立する料理だろう。これも他では味わえないものだと思う。
『一体どんな仕入れルート持ってんだよ!』という親父の面目躍如たる存在がこのタラバだ。写真のものは、俺が見た中でも特に大きいもので、一杯5kgを超えている。水族館にもあんまりいねーぞ、そんなのw。流石にこれが出たときは値段が跳ね上がるが、北海道に行ったって滅多に食えないものなのだがら致し方ない。初めて見ると、その大きさにヤラレるが、味の濃さも、その大きさに負けないほどのレア度だ。これが出てくるにつけ、食はエンターテイメントなのだということがまざまざと見せつけられる。
ここまでを見てみると、ここの親父は素材勝負のみの一発屋的存在に見えるかもしれないがさにあらず。この茄子の煮浸しや大根の炊いたんを食すと、単なる素材屋ではないことが一発で理解出来る。絶妙な味付けもさることながら、一見固そうに見える程に角が立ち、少しの煮崩れもなく形を保っているのに、口の中に入れると一瞬でとろけて、驚く程染み込んだ出汁の味わいが口中に広がるこの技術力には全く脱帽する。『恐ろしく手間がかかるから本当はあまりやりたくない』とか冗談めかして親父は言うのだが、多分本当なんだろうな。少なくとも、俺のような一般人が想像するような手間の掛け方では、断じてこの味は出せないだろうという事だけは良くわかる。上の蟹と同じくらいの価値と満足感を、腕一本でこの野菜料理にも与えているのだから。
煮物という事では、これも外すわけにはいけない。一見ジャガイモかとw思うようなアンキモの塊。これを食うと『誰だよ、世界3大珍味にフォアグラなんぞ入れたのは!』と思わず突っ込みたくなるw。見事にアンキモ特有のクセを取り除き、その濃厚な旨味だけを抽出した技術には恐れ入る。通風になろうが何になろうが、これをたらふく食えるのであれば本望だ。
お惣菜的な料理といえば、これも忘れられない。キモとスミ、八丁味噌を使った濃厚なタレで和えたイカの美味さは、最後に食べてから一年近く経った今でも鮮明に舌に残ってる。これを熱々のご飯と混ぜてイカめしにするのだが、それがもう.....ああ、書いてて気も漫ろになってきた。
揚げ物、なま物、煮物と来たら、次は焼き物。上は昨夏の旬に食べた時鮭。この写真ならその大きさは伝わるかな。下は3.5kgはある鯛の塩焼きだ。誕生日の人などがいると出してくれる。先の巨大なお造りを経たのちにこれを食らうと(特に皮ぎしね)、いやが上にも、人類が火を得た事の重要性を悟るのだw。本当に人間の本能に訴える味というのは、ここまで上等な素材と技術が必要なのだ。小手先の技や理屈では、ここまで根源的な快感は得られないと思う。
いい加減長くなり過ぎたね。ここの事を書き出すといくらでも書けるのだけど、そろそろこの辺で終わりにしたいと思う。ここまで何人が読んでるかは知らんがw。
最後はこれだ。これなら誰にでも凄さが一発で理解出来るだろうと思うので細かい説明は省く。大将はもともと三重の人なので、松坂のこのクラスの肉もサラッと仕入れてくる。この日はこれを1ポンドほど食った....勿論この一品だけではなく、あくまでコースの中の一つとしてだw。大体、これまで紹介してきた種類&レベルのものが一晩で出てくる料理屋など、一体ここ以外のどこにあるだろうか。あったら是非紹介して欲しい。あるなら全国何処にでも行くつもりだ(マジ)。ちなみに、この日はこの直後に上に紹介した300gはあるだろうポークソテーが出てきたのだからたまらないw。イカレてるよ。
後にも先にもこんな店、現れないだろうな。もう親父も若く無いので、無理せず出来るだけ長く続けてもらえれば、これに勝る幸せは無い。俺がこの店に望むのはそれだけだ。ここまで読んでくれた人の中には、勿論俺が連れて行った人も多くいると思うけど、初めて知って興味を持った人もいると思う。気軽に連れて行けないのが残念(この店が一見さんお断りなのは、気取ってるわけではなく拠ん所のない事情があるのだ)ではあるが、いつか行く時までこのレポでお茶を濁しておいて欲しい。
最後に、ここまで読んでくれた人へのささやかな感謝の印として、ある日の北品川の模様の動画を期間限定で公開しておく。この店のイカレ具合の一旦が理解頂ければ幸いである。
Comments
愛情に溢れたエントリー感動しました。
次回、北品川是非誘ってください。
Commenter: E氏 | 2006年04月08日 20:39
E:
そういえば、E氏は随分と行ってないよね。年度末も超えた事だし、行きますか。
ああ、来月また俺とマッキーの誕生会やってよw。
Commenter: pasta-man | 2006年04月09日 04:08
はじめまして!いつも、完成度の高いパスタに唸りながら観ている者です。
このレポートは凄いですねぇ!是非とも行ってみたくなりました。が、一見さんお断りとなると難しい。。。まずはランチに通い詰めて。。。と行きたいとこですが品川遠いし。。。こんな店に巡り会ってみたいものですOTL
Commenter: ぐるめ | 2006年04月10日 10:47
ぐるめさん:
おお、このクソ長いレポをよくぞ飽きずに最後までw。
ここ最近は親父が体調を崩してまして、昼はあまりやってないみたいです。
希望者が多ければ、そのうちこのblogで一回北品川オフでも企画しようかな。
Commenter: pasta-man | 2006年04月10日 13:38
こんな旨そうな話、飽きるはずもなく、涎が止まるはずもなくw
OFF開催の際には、何が何でも参加させて頂きます!!(鼻息荒すぎww
Commenter: ぐるめ | 2006年04月11日 11:19
はじめまして パスタ参考にて作ってます OFF開設の際 お誘い頂ければ嬉しいのですが・・ まるいは自宅から自転車で15分の所に住んでます。
あきひ
Commenter: Anonymous | 2006年05月18日 15:40
Anonymousさん:
どうも初めまして。パスタ作ってますか。殆どレシピ載せてないですが、楽しんでもらえたら幸いです。
オフは、やるときが来たら告知しますんで是非!
Commenter: pasta-man | 2006年05月22日 17:58
腹減ってきた
Commenter: ゆうちゃん | 2006年11月28日 03:21
はじめまして。mixi経由で訪れました。
最初はモツ焼きまるいを調べていたのですが、いつのまにか、こちらに(笑)
とんかつ北品川、凄い、素敵なお店ですね。こういうお店、大好きです。機会をみて伺ってみようと思います。
これからもブログ拝見させて下さい。
この度は、ありがとうございました。
Commenter: mariruu | 2007年01月30日 10:58
はじめまして。
友人に連れて行ってもらいましたが、行く前にこちらで予習させていただきました。
エントリの再現のごとくの料理のオンパレードに、ただただびっくりするばかりでした。ブログに書くにあたり、TBさせていただきました。
またご訪問させていただきます。
Commenter: Deacon | 2007年02月13日 23:16
mariruuさん:
初めまして、ようこそおいで下さいました。コメント遅くて申し訳ない。blog拝見しました。俺のカバー出来ないところが充実していて参考になりますねー。今後ともよろしくです。
Deaconさん:
おお、行かれましたか〜。今の時期はお造りメインかな? blogのレポート楽しみにしております。
Commenter: pasta-man | 2007年02月14日 14:46