ひかり食堂@浦添
いよいよ人生初の沖縄ツアーも残すところあと二食。名残惜しさもあるが、ここにきていくら時間が経っても腹が引っ込まない状況を鑑みるに、どうやらこの辺が潮時ということだ。にもかかわらず、本ツアーの中でも最もヘビーな二食を最後に持ってくるあたり、青いというか我が胃袋を過信しているというか、こういう事をするから、帰途につく頃には毎回明日のジョーの最終回のような状態になるのだ。しかし俺は、最近すっかり脂に弱くなったとはいえ、結局はヘビーな食い物が根本的に好きなのだ。そして好きなものは最後まで取っておくタイプなのだ。この性分は、例え歳をとってさらに食えなくなっても変わる事は無いだろう。
さて、ラス前のランチに選んだのは、足てびち(つまり豚足の煮込み)で有名なひかり食堂である。ひかり食堂という店は本島にもいくつかあるらしいが、ここは創業40年になる浦添の店である。この店については多くを語らない。こざかしい説明など一切必要ない。先に言ってしまうがとにかく素晴らしいの一言である。豚という食材を愛してやまない俺にとって、豚料理における、ある方向性の一つの完成形であるといえる。沖縄に来たら何を置いても必ず訪れるべき店だと断言出来る。
俺が頼んだのはてびち汁。汁といってもスープメニューではなく立派なメイン料理。(小)で十分腹一杯になれる物量感だ。一口スープを味わい、一口足を齧っただけでこの丼の一杯にかけられた手間隙、思いが怒濤のごとく伝わってくる。余計な小細工などしてはこういう味は出ない。ひたすら丹念な下処理と、煮込みに細心の注意を払って膨大な時間をかけなければ、このような有無を言わさない説得力は生まないものだ。『ふむふむ、なるほど、そう来たか』とか頭で味わう余地を与えない、純然たる旨味。これほど直球かつブレのない味わいを持った豚肉料理は滅多に出会えない。これこそ、俺が沖縄という土地に求めていた味に他ならない。甘いか辛いか、薄いか濃いか、脂っぽいかどうかなど、細かい説明はしない。してあげないw。一つ言える事は、人の好みなど介在する余地のない程、この一杯の丼は完成されているという事。この一杯が食えるなら、往復の飛行機代など全く惜しくはない。
相方はそばを頼んだ。汁でもそばでもどちらを頼んでも構わない。これもやはり、最早そばとしてどうだったかなどどうでもよくなるほど、丼一杯が一つの宇宙を形作っている。一応これより前に、本ツアーではそばを都合三杯食べたわけだが、麺の食感がどうだとか味のバランスがどうだとかではなく、一つの料理として考えると、このてびちそばは最早別次元のステージにいる。昨日の鶏そばも相当美味かったが、これらに比べると初日の「てんtoてん」や「きしもと食堂」には決定的にフックの弱さを感じざるをえない。今回のツアーだけを近視眼的に捉えれば、沖縄そばを食うなら、そばそのもので勝負している店よりも、そば専門でない店のそばを食え、という結論に至ってしまう。これは図らずも俺が昨今のラーメン専門店に感じている気持ちと一致している。鮎専門店である泉屋さんの鮎ラーメンといい、焼き鳥屋であるまさ吉の中華そばやつけそばといい、ラーメン専門店よりも個性的で、完成度高く、ラーメンである以前に料理として普遍的な説得力を持っている。これは果たして俺だけの個人的な見解なのか、ある程度一般化出来る事象なのか分からないが、この事実に料理というものの核心らしき部分を垣間みる気がする。
美味というものを求道的に突き詰めていけば、出発点がどこであれ、誰でもいずれは同じ場所にたどり着くのかもしれない。長く険しい道程の果てにそこに至れば、どんな人種であろうと、どんな手法でどんなジャンルの皿を手がけようと、必然的に美味いものになるだろう。それが美味における真理であるような気がする。そこに至れる人間は勿論限られるだろうが、美味を追求する人間であれば誰もが夢見、追いかけるものだと思う。恐らく小手先でいくらこねくり回しても答えは出ない。あるジャンルに特化することで視野を狭め、他の部分に目を向けようとしなければ、やはりいずれは路頭に迷う事だろう。真理にたどり着くために俺が一つ分かっている事は、近道は無いということだ。この店のてびちのように、単純作業であろうと大変な労力であろうと手間をかけ、時間をかけ、小手先の誤摩化しをせず、ひたすらに気持ちを込める事だけが、そこに至るための方法であると思う。それほどの普遍性を、ここのてびちに感じてやまないのだ。上のてびちそばの写真に浮かび上がった『豚の神』の御姿は、けして偶然ではないということだw。
余談だが、ここは店先にも「てびち専門店」と書かれているだけあって、何はなくともまずはてびちを食うべきなのだが、食堂らしく他のメニューも殊の外充実している。このてびちに感じる普遍的説得力を考えれば、他のメニューも間違いなく美味いだろう。しかし次に来た時にてびちをさしおいて他のメニューを頼む自信が俺には無い…かといって何種類も食べるには、ここのてびち汁は量が多過ぎる(いや、ひとたび食べ始めれば永遠に無くなって欲しくないという気持ちになるのだが)。次回席に着いて店主を呼んだ時、他のメニューも試してみたい衝動と、てびちだけで胃袋を満たしたい衝動が戦う様は、さぞかし壮絶なものとなるだろう…考えただけでも身の毛がよだつ思いである。