小櫻@土浦
『ラーメン』という、いかにも日本らしい食ジャンルに、俺自身かつてほどの異常な執着を示さなくなってから久しいが、別にラーメン自体が嫌いになったわけではない。自分の中では数年前にある到達点のようなものを見たと思ってるし、実際ラーメンというジャンル自体もある地点に到達してしまったように感じられて、『今乗っておかなければ置いて行かれる!』というような、一種の強迫観念的感情が無くなっただけである。それは、ラーメンが進化と引き換えに深化を手に入れ、また俺自身多くのラーメンを食う事で、ワクワクするような刺激と引き換えに、いつ食っても後悔する程ハズレる事がない安心(選択眼ともいう)を手に入れてしまったからだ。唯一刺激を感じられるのは、まさ吉の〆に出てくる中華そばorつけそばや、泉屋さんの鮎ラーメンのような、ラーメン門外漢達が作る素晴らしいラーメンである。
したがって、今回、北茨城〜福島食い倒れ小ツアーの口開けに選んだこの小櫻も、何より『安心』を味わうべく選んだ。食う前から『この店は、まぁ裏切らないわな』と。裏切らないだろうという根拠は、まぁ長年のカンとしか言えないが、この店を選んだ理由は、今回のツアーの目的が昨年行なった茨城縦断ツアーで、ギリギリ時機を逃して果たせなかった『大津のどぶ汁』だったゆえ、目的地に目的の時刻(夕方6時頃)到着する事を前提に逆算して、場所的にも時間的にも丁度ここがおあつらえ向きだったという事以上の理由はない。ネット上での感想などを色々読んでいると、ここの店主は、いかにもラーメンという食い物の魔力にとりつかれたような、良くも悪くもマニアックな人らしいし、作るラーメンも、いかにもマニアが喜びそうな凝りに凝ったもののよう(限定メニューも多い)だが、そういう求道的なこだわりは、このジャンルではもう随分と前から当たり前の事のように行なわれていて、この期に及んではさして驚かない。ラーメンとは『そういう』食い物だと思う。
とはいえ、自宅から数十キロも離れた北関東の土浦に、わざわざ一杯のラーメンを食いに行くのに、何も期待せんというわけではない。限定メニューの多い店というのは、それがポーズでなければ、純粋に『少しでも新鮮な美味しさを追求し、それを形にしたい』という、クリエイターの想像力の発露だからである。それは生活のためというより生きるための衝動であり、言葉は悪いが、客を実験台にしてまでも新しい味を追求したいという、店主の勇気(というより、抑えきれない表現欲)の現れでもある。一歩間違えれば目も当てられない物を出して、取り返しのつかない程評判を落とす事もある。『限定』というだけでそれを有り難がるバカもかつては沢山いたが、最早そんな時代ではない。未だにそんな客を目当てに安直な『なんちゃて限定』で客寄せしようとする志の低い店も、もしかしたらまだあるかもしれないが、そうでない限り、今もなお拘りを捨てず挑戦し続けていると思われるこの店を訪れる事は、意義があると思う。果たしてその結果はどうだったろうか。
いつものように相方と二人での来訪だったので、定番と限定からそれぞれ一つずつ注文してシェアすることにした。俺は定番からえびつけ麺を。想像通りなかなか凝ったスープである。ローストした海老の殻やミソなんかでスープを取り、さらに出がらしをすり潰して仕込む手法は、俺もパスタで良く使うが、骨太な動物系のスープと良く馴染んでいるので他にも何かやっているのだろう。奥行きのあるいい味のつけダレだ。俺には若干甘いが、ブレの範囲でしかない。このスープに併せる麺は、いかにも粉の主張の強そうな、全粒粉を混ぜ込んだような飴色がかった角断面の麺。お互いの主張の強さのバランスもいい具合で、ワシャワシャと強く噛み続ける程に味が広がるつけ麺の根源的な快楽を充分味あわせてくれる。やはり裏切らない、安定感のある一品であった。
対する相方の注文は、限定メニューの魚醤らぁめん5X(ファイブエックス)。5Xというのは、五種類の魚醤を合わせてたれを作ってる事かららしいが、Xの意味はわからず(多分特に意味は無いだろうけど)。語種類の魚醤の銘柄が何で、どんなバランスで配合されてるのかは分からないし、それが味にどんな効果をもたらすのかも良く分からんが、名前の大げさ感とは裏腹な、穏やかでまろやかな実に優しい味わい。一口スープを飲んで気に入ってしまった。麺も当然つけ麺とはちがう、繊細な食感の中細麺。粉の配合も違うのだろうか、粉の味わいもつけ麺ほど主張が無く、これもスープとの絶妙なバランスを感じさせる。唯一チャーシュー(それ単品で食うと美味い)が、繊細なスープに対して若干強過ぎる事を除けば、限定というには完成度の高い一杯。
ついでにサイドメニューも頼んでみた。チャーシュー(恐らく整形後の切れ端)を細かく角切りにしてご飯にのせ、溶かしバターをたっぷりかけた『霜降りハーブのぶたごはん』なるメニュー。これはちょっと大味な印象であった。チャーシューそのものはとても美味いんだけど、パターがかかりすぎててその美味さをスポイルしてる感じ。どうしてもクドさが先に来てしまう印象であった。バターをかけるアイディアが悪いわけではないのだけど、もう少し控えめのほうがよろしいかと。
開店の20分ほど前に到着した時には、すでに5台の駐車場は(俺の車を含めて)いっぱいで、その後も開店までに数台やってきては空いてないと悟って去って行った。事程左様になかなかの人気店のようであるという事は、こういうタイプの、ある種マニアのための店(というと語弊があるかもしれないが)の神通力というのは、俺がラーメンから距離を置き始めた頃以前と同様に健在なのだなぁ。安心すると同時に、やはりラーメンというジャンルに対する俺の現在のスタンスは、それほどハズしていないのだな、と言う事の確認が出来た。良くも悪くも、熱心にそれひとつを追いかけるようなものでは無くなったのだ。 本来そうであらなければ、食を楽しむスタンスとしてはおかしいのである。
ということで、上々の滑り出しで北茨城~福島食い倒れプチツアーがスタート。今回のメインは、前述の通り、昨年ふぐを優先したために果たせなかった大津のドブ汁である。これとてっちりさえあれば他に鍋はいらないとさえ思える、俺の中では文字通り東西の横綱の一角との対戦を前に、まだ午前中にもかかわらず、どうにもこうにもロマンチックが止まらない。