パスタマン上海を食らう 〜2日目夕食〜
◆福一零三九@愚園路
色んな意味で濃厚な二日目もようやく終わろうとしている。気持ちだけは既に上海を食い尽くしたような気分になっているが、まだ折り返し地点にも来てない。一旦ホテルに戻ってここまで溜め込んだ荷物(メタファー)を置いて、一休みした後にタクシーで向かったのは、オーセンティックな上海料理を現代的なスタイルで楽しませる、福一零三九だ。旅前半で最も期待している店、つまりこのツアー(およびこの日記)の前半のクライマックスとも言える店である。ここでの主たる目的の皿は、黄酒鶏と紅焼肉(角煮)。ともにガイドブックにも必ず紹介されている鉄板上海名物料理である。中国茶のおかげで意外な程スッキリしている我が胃も『早く食わせろ』と言っている。
流石に百年以上の歴史を持つ洋館を改築した店舗だ。表通りの小汚さからは想像出来ないほど綺麗で良い雰囲気。アプローチに立っただけで期待がいやが上にも高まる。店内も、調度品から小物に至るまで全て中華民国当時のもので、日本にありがちな『それ風』なフェイク感などかけらも無く、本物のノスタルジーの心地よさが充満している。これを見るだけでも来る価値ありだと思う。
早速料理の紹介。まず来たのは、いわばディープフライドフィッシュか。大型の(恐らく)淡水魚をじっくり揚げて、上海らしい少し甘めのタレが絡めてある。見た目には『ハナから重めの食い物出すなぁ』、という感じだが、その佇まいに反してスゴぶる食い易い。深めに揚げた事で生まれる香ばしさと旨味が凝縮された身のふっくら加減が、今日一日で食った量を忘れさせる。何も凝った事はしていない。だがそれがいい。
続いて、これまた上海らしい甘くアッサリした味付けの煮物。豆腐、というより揚げとキクラゲ、それにピーナッツをあしらっている。こうした豆腐(大豆加工品)を使った料理は上海ならそこかしこで食べられるが、これは絶品。一見高野豆腐的な味を想像しがちだが、これはとてもジューシー。甘い味付けの料理と言うのは基本的にあまり好きではないが、上海でこういう一皿に出会うと己の価値観を改めざるを得なくなる。
前菜は続く。続いて本日最も楽しみにしていた一品だ。あくまで伝統に則った正統なスタイルの味付けだが、盛りつけはとても美しく個性的だ。特に上に盛られたスープのシャーベットが目を引く。実はこれが見た目だけでなく味にもスゴぶる効果的なものなのだが、まずは鶏自体の美味さに驚く。上品な旨味は勿論、なんと言ってもこのシャキッとした独特の歯ごたえが凄い。未知の体験と言ってもいいくらいのものだ。『肉にも麺と同様にコシが存在する』のを初めて知ったw。勿論このコシが前述のシャーベットによってより強調されている事は言うまでもない。中身は昔ながらの伝統的な製法で作られた鶏料理だが、ちょっとした工夫でこれだけ新鮮な驚きを与えられるというのは凄い。今年のBest20確実の一皿だ。
ここで箸休め的に燻製半熟卵のキャビア添えを。日本にいると煮卵にはすっかり慣れ親しんでいるので別段驚きは無いが、勿論素材は良く味も濃厚。『卵on卵(それも山on海)』という中華ならではのハイブリット感は楽しい。味のバランス的にはもう少しキャビアが欲しいところだがw。
一拍おいてもう一つの雄、上海紅焼肉を。年期を感じる良い感じの壷に詰めてあって登場から目を引く。まぁ器の大きさに比べて量は上品だがw、今の俺の胃の状態ではむしろ嬉しい配慮に感じられる。しかし色といい、艶といい、美しい食い物だよなぁ。
量もそうだが味も実に上品。脂っこさのかけらも無く、脂の旨味と上品な甘みだけが口の中で溶けていく。逆に肉料理らしいパンチという意味では弱いかもしれないが、一般的な日本人や女性にとってはこれくらい上品な方が食い易いだろう。翌日も別の店で角煮を食う予定なので、食い比べが楽しみだが、少なくとも初めて食べた本場の紅焼肉は、『名物に美味いもの無し』という常識(というか無知)を大きく裏切るものだった。
これもこの店の名物料理と言えるだろう。紹介してる文献には殆どの場合これか黄酒鶏の写真が使われている。鶏火煮干絲という名前で、ようは、湯葉を麺のように細く切って、鶏ベースの白湯とともにパスタのように盛りつけた一皿だ。これも見た目こそ奇抜な印象だが味は至ってオーセンティック。安心感のある味である。見た目の爽やかさよりもスープは濃厚で結構な食い応えがある。お勧めの名に恥じない一品だ。
これも箸休めと言っていいかな。野菜が無性に食いたかったので炒め物を。名前をド忘れしてしまったが、チンゲンサイとブロッコリーの間の子のような味の野菜。こうした野菜のスープ炒めは上海といえども甘めの味付けはされないんだね。百合根がとてもいいアクセントになっている。
〆のお食事は、これまた前述の野菜炒めをさらに上品にしたような味の超アッサリチャーハン。シンプルでパンチのかけらもないけど、不思議と印象に残る味。わずかな中華ハムの味わいのアシストによって、普段なら薬味的存在になりがちな青菜に旨味さえ感じられてとても美味しい。何気ないものだけど、こういうシンプルで穏やかな一皿が上海料理を象徴するあじなのだろう。とてもいいフィニッシュであった。
珍しくドルチェを頼んでみた。西洋料理と違って、中国のデザートって、薬膳的で妙に身体に良さそうな印象が有るんだよねw。亀ゼリーとかさ。これは亀ゼリーつーか亀ジュレだね。上に甘く煮て刻んだ栗(だったかな)をあしらってる。コジャレた外観だけど中身は王道の味。ただし甘さがかなり控えめでとても食べやすい。
相方の頼んだデザートも一応撮ってみた。アーモンドだかピーナッツのセミフレッド。こちらはいたって西洋風の味だけど、ナツメがアクセントになってたりしてちょっぴり中華風味。こちらは少し甘かったな。
いやぁ、この日一日の流れを考えたら、考えられんくらい良く食ったなぁ。でも不思議と食えてしまう料理の数々。流石中国4000年の神秘だ。特に黄酒鶏の美味さと言ったら、これだけを目当てに来ても損はしないだろうと思われるくらいの一品。鶏火煮干絲も忘れられない一皿だ,.
日本のガイドブック等には、前述の盛りつけやスタイリッシュな内装など、表層部分のみを捉えてヌーベルシノア的な扱いをされているこの店だが、実際はそんなに奇をてらった事はしてない。盛りつけや供するスタイル(大皿でなく個別に盛られた皿が出てくる)など、プレゼンテーション的な部分では趣向を凝らした面もあるが、味そのものは伝統的な上海料理のスタイルを守り抜いてるのも、ここの料理の数々に感じられる説得力というかリアリティの一つの要因だろう。上海に上海料理を楽しみに来たなら、是非ツアーの中に組み込んでもらいたい一店である。