川原町泉屋@岐阜
この季節、俺にとって絶対に外せない食い物の代表といえば、このblogでは良く名前が登場する、川原町泉屋の泉善七っつぁんが焼く、和良川の天然鮎の塩焼きだ。これ以上の夏のご馳走はこの世に無いと断言出来る。日本人なら一生に一度は食べておきたい代物だ。今年も殆どこれを目的に岐阜までやってきた(残りの目的はたきちの肉w)。
と、書いてて気付いたのだが、確かにこれまで泉さん本人の名前はこのblogの文中にも良く出てくるのだが、よく見てみると肝心のこの店の事が書いてない。まぁ、泉さんにはもうすっかりお世話になりすぎてるので、今あらためて店の事を褒めちぎっても、単なる知り合いの提灯記事と思われても嫌だなぁという気持ちが無かったわけでもない。しかしどう思われようとも、ここ以上に美味く鮎を焼く店を知らない(というよりここ知ってれば他に知る必要ない)のだから、このblogの趣旨に乗っ取ってあらためて紹介するより他無いだろう。本当はこの店というより、泉さん本人を紹介したいとの気持ちの方が強いがw。
ということで、凛々しく鮎と対峙する本人を無許可で載せてみるw。これは2年前の写真かな。この人の、伝統に寄りかからない食に対するどん欲さというのは並ではない。もう五世代も続く老舗の長とは思えないほどの、守りに回る事をよしとしないバイタリティ。これはこの後紹介する料理の端々にも表れている。『ホント、美味いものが好きでたまらないんだなぁ』という邪気の無さがこの人、この店の本当の魅力である。
今回は相方の両親と訪れたので、『食いたいもんだけ食う』というスタイルではなく初めてコースを注文。事前の電話で『パスタマンに是非食わせたいものがあるんだよね』と言っていたので、それが何かはこの時点では分からなかったが、コースのどこに組み込まれてくるのかも楽しみであった。
コースということでまずは前菜。定番子持ち鮎のなれ鮨と夏野菜のカポナータ、地物の枝豆、そして(以前は出してなかったと思うが)伝統の鮎屋でグリッシーニw。それも粗挽きの香ばしいタイプのものだ。俺が以前この鮎のなれ鮨でパスタを是非作ってみたいと思ったのも間違いではなかったとあらためて思わせる程なれ鮨との相性がいい。
これも定番の焼き鮎の笹巻き寿司。アップで撮りすぎてスケール感が曖昧だが大きさはかなり小さく食べ易い。が、しっかり焼き鮎の香ばしい香りと甘みを感じて、序章として充分な機能を果たしている。
余談だが、岐阜の米はうまい。ウチは相方の親戚が作っている米(非売品)を分けてもらっているが、もう他の米は食えないほどのものだ。リーゾも全てこれを使う。おまけに親戚の中だけで消費するだけしか作ってないので、100%新米なのだ(スーパー等で『新米』と書いてある米は、すべからく100%新米ではないのはご存知の通り)。やはり水の美味い土地の米は美味い。
これも泉屋ならではの意欲作、焼き鮎のパテ。バケットに付けて食べる。60gで1700円という、手間も原価も惜しみなくかけた一品だが、それだけの凝縮感ある味である。これも初めて食べたときは少なからず吃驚した。しかし、一体どこでこういうのを思いつくのかと思っていたが、どうも某有名焼き鳥屋のメニューにヒントを得たらしい。全く面白い人であるw。
そして上記以上の意欲作、とうとうなれ鮨の飯(いい)をクリームソースにしてしまったw。今年の始めにその試作を食わせてもらった(しかも他所の店でw)が、そのときよりさらになれの味が前面に出るよう改良され美味くなっている。強いて言えば、振りかける香草は乾燥では香りが強過ぎるのでフレッシュにしたらさらに良いと思うが。
しかし発酵食品というのは凄い。常識で考えれば、淡白な淡水魚の旨味と動物性乳脂肪を合わせる事など考えも及ばないが、なれ鮨だとその違和感が全くない。発酵させることで鮎そのものよりもむしろまとわりついてる飯の方に旨味が移り、さらに発酵によりそれが増幅されているので、なんとも不思議な調和が生まれている。
箸休め的にサラダが登場。若鮎の南蛮漬けが乗っている。見た感じこれといった特徴の無いものだが、東京にいる人間にとっては野菜は普通に瑞々しく味も濃い。こちらの人には当たり前の事すら贅沢に感じる。
さて、これが車で6時間かけてでも食いに来たいと思わせる、泉さんの焼く鮎の塩焼きだ。まだ最盛期には至っていない(本来はお盆過ぎに来るといい)が、鮮烈な香りと清々しい甘み、しっとり滋味深い身肉、骨や鰭を噛み締めた時に鼻に抜ける香ばしさ、どれをとっても日本人に生まれた幸運を喜ばずにはいられない味。一匹の淡水魚にここまで思いを馳せられる事は滅多にない。勿論鮎そのものの質の良さ、新鮮さは重要な事だが、流通が発達した今、東京でも金に糸目をつけなければそういう鮎は入手出来るだろう。しかしその鮎にここまでの焼きを施せる人間が一体どれだけいるのか。鮎とともに育って鮎を知り尽くしていなければ出来ない次元の違いを体験するには、ここまで来るより他無い。『頭から尻尾まで食べられます』との謳い文句で供される焼き魚の多くが『確かに食べられますね』以上のものではない事を、ここの鮎を食べる事で思い知るだろう。骨まで『食べられる』ではなく積極的に『食べたい』と思わされてしまう焼きの技術こそ、ここの鮎の真骨頂である。まぁどこまで言葉を尽くしても、この感動は味わうより他に伝えるすべが無いのだが。
ああ言い忘れた。向かって左が和良川の鮎、右の若干色が濃い方が長良川の鮎だ。同じ県の川で穫れたものでもこれほど味が違うものかと驚く。どちらも唸るしか無い味わいだが、長良川の方が一見旨味が濃いように感じるが、和良川の方が味も深く甘みもある。特にワタのほろ苦甘い風味は絶品だ。比較(かなり高次元の)すると長良川の方が若干大味に思えてくる。まぁそんな比較も、鮎の味を最大限に引き出す焼きの技術が無ければ出来ない事だ。
一つの山を超えたところで出てきたのがこれ。これが『パスタマンに食わせたかったもの』である。何でしょう? 前出のなれ鮨のクリームを使ったトマトソースのニョッキだ。やろうとしてた事を先にやられた格好だなw。俺もニョッキにはひとかたならぬこだわりがある。が、語ると長くなるので割愛w。まずはそのチャレンジ精神に拍手だ。ソースは勿論、ニョッキそのものにもソースを練り込んである。トマトの酸味甘みに発酵食品独特のクセのある酸味が合わさって独自の美味しさを醸し出している。
ちなみに、俺がやろうと思いつつまだやれないでいるのが焼き鮎の詰め物を入れたトルテリーニ。『そんなの、原価がいくらになるか分からないよ』と泉さん本人には突っ込まれたがw、是非とも食ってみたい一品だ。生地に卵は使わず、蕎麦、もしくは黒米の粉を練り込んだものがいい。それか、徹底的にやるなら、鮎の骨を揚げて粉砕した粉を混ぜ込むと面白いと思う。詰め物は勿論鮎のパテをメインに、茹でた蕎麦の実なんかを入れると食感が楽しいだろう。淡水魚のみのアラを使ってブロードを取って、スープ仕立てにし、夏の山菜やキノコをたっぷり使って仕上げる。クセのないこしあぶらやコンフリーなんか合うかもしれない。ああ、妄想が止まらない....泉さんのチャレンジ精神に多いに当てられてしまった。
この店のもう一つの雄、稚鮎の天ぷら。天ぷらには敢えて天然ではなく養殖の鮎を使うのも、鮎を知り尽くした店ならではのこだわりだ。天然というブランドを偏重するでもなく、純粋にその料理法に見合った味で最終アウトプットを決定する冷静な分析力とこだわりには脱帽するより他無い。そしてそれがしっかり相応の形になっている。
ここでもう一回焼き鮎を。ただし田楽にしてある。この田楽は一切味噌を使っていない。味噌の強い味は、この繊細な風味を堪能する魚には合わないとの判断だろう。白扇酒造の三年もの味醂を使い、あくまで繊細な味に仕上げてある。何本でも食べたいクセになる味。
コースの〆は本来雑炊だが、お願いしてラーメンにしてもらった。なんども言うが、二子玉川の某店の出す鮎ラーメンとは、比べるのもおこがましいほど次元が違う。別にかの店や、それを支持する人を貶める気は毛頭ない(オリジネーターとしての存在意義は確実にある)が、アレを鮎として広く伝搬させる事で、本来の鮎の美味さを結果として低いものにしてしまっている事もまた事実。そこにはそれこそ安楽亭のファミリーロースと宮崎幸加園の特選ロースほどの差があるのだ。
ちなみに、もし店に来て食うのなら是非カウンターで食べる事をお勧めする。何故ならこんな特典があるからだ。器に落とされた瞬間、なんともいい香りが立ち上る。
とうとう〆にきてしまった。至福の時ももうおしまいだ。〆は季節によって変わるジェラード。夏は爽やかに山椒のジェラードだ。これがまた、脳内に溜まった煩悩全てを洗い流すかのごときw爽やかな風味がたまらない。爽快な気分で食べ進んでいると、『先月まではもっと面白いジェラード出してたんだけどねー、もう終わっちゃった』との言葉が厨房から飛んできた。うむ? そんな事言われたら、折角綺麗に〆ようと思っていた気持ちが収まらんではないかw。もんもんとしながらまた食べ進むと....
『あったあった』と言いながら持ってきてくれた。辛うじて残っていたようだ。これ、食べた瞬間思わず笑ってしまったが、なんと田中屋せんべい総本家の味噌入り大垣せんべいを粉末にして練り込んだジェラード。冷たいが、紛う事無きあの田中屋せんべいの味! いやぁ、やってくれるわw。『どうせなら、田中屋のせんべいをコーンの形にしたら?』と冗談めかして言ってみたが、それほど田中屋せんべい味のアイスが田中屋せんべい味だったということだ。アイスにしてもここまで個性を保っているとは、恐ろしや田中やせんべい。これ、ファンにはたまらないだろうなぁ。
以上が川原町泉屋のコース(若干変化球アレンジが加わっているが)の全てだ。コースもいいが、まずは本物の和良川産天然鮎の塩焼きを、これを読む全ての人に一度堪能してみてほしい。実に30分以上の時間をかけてじっくりと臭みとクセを芳香と旨味に変換させたここの鮎を食えば、多くの人の川魚の焼き物の概念が覆されるはずだ。そして腹に余裕があれば鮎ラーメンも是非。
今年もまた泉さんのどん欲さがよく表れたコースになっていた。仕事さえ暇ならもう一度お盆過ぎに行きたいが、果たしてどうなることか。また来年にはどんな味を取り込んでくれるのか、それも楽しみだ。ここを知ってからまだ今年で二年しか経っていないが、毎年夏には死ぬまで訪れることになるであろう、早くも俺にとってはクラシックと呼ぶに相応しい店である。
Comments
美味そうだなぁ〜〜。是非行ったみたい!!
Commenter: DMX | 2007年08月01日 13:33
どうも、返信遅れて申し訳ないっす。
ホント美味いんで、もし岐阜に行く事が有れば是非。
行くならお盆過ぎくらいがもっとも美味しいそうです。
Commenter: pasta-man | 2007年08月07日 20:09
そうかぁ。今頃がいい感じなんだねぇ。わざわざ用事作ってきたいくらいだけど用事がないなぁ。w
Commenter: DMX | 2007年08月23日 18:16