ふなまち@明石
寿司屋で明石の魚介を楽しんだ後は、おやつと称して二軒目訪問。やはり折角明石まで遠征して来て、本場の玉子焼を食う以上の選択肢は必要ない。本当は3軒くらいハシゴしたかった(同じく老舗の「今中」や、生蛸を使う事で有名な「みいさん」など他に行きたい店もあった)のだが、粉ものをハシゴする事の危険性wは十分理解しているので、まずはこの「ふなまち」一軒に留める事にした。
関西の人には釈迦に説法であるが、明石の玉子焼は、当然東京で食えるたこ焼きまがいとも、大阪のたこ焼きとも違う。明らかに違うのは(玉子焼という)名前だがw、その名の通り生地における玉子率が違う。香ばしく焦げた表面と、中のトロッとした質感のコントラストが魅力なのは同じだが、カリッの香ばしい香りもトロンのコクも、小麦粉のそれではなく玉子が味わいのメインなので、あくまで動物性の旨味が強い。これをさっぱりと食わせるのがダシ汁だ。魚介系のあっさり仕立てのダシがある事で、食感、香り、味わい、全てが見事にバランスした「料理」となる。あくまでもおやつ扱いで臨んだふなまちだったが、今回その事があらためてちゃんと理解、いや、やはり関東人の悲しさというか、これまでちゃんと理解出来ていなかったのだということが理解出来た一食であった。
数人の行列があった上にお持ち帰りもいくつか作っていたので、席についてからもちょっと時間がかかったが、店内に広がる芳しい香りは、寿司をひとしきり食った直後の食欲中枢をも十分刺激するもので、沖縄の食堂でもよく見たあばら屋チック(というよりモノホンのあばら屋w)なインテリア、場末のライブハウスのごとき近い(物理的にも精神的にも客と近い)厨房とともに、存外飽きずに待つ事が出来た。そして出て来た玉子焼のなんとも魅力的な御姿と香りによって、食欲中枢は完全に再起動された。黄味の強さとフレンチトーストのごとき焼き色によって、板に乗っていなければ一種洋風な佇まいである。
まずはダシをつけずに食べてみる。油の質が良いのか、熟練の焼きテクニックによるのか、動物性タンパク強めの生地にも関わらず一噛み目がとても軽い。香りもとてもよく、寿司屋や蕎麦屋の玉子焼もある部分では見習うべきものがあるのではないか。そして、玉子焼の真骨頂となるのが、直後に蕩け出てくる中身の「トロッ」であろう。いわゆる粉物とは明らかに違うクリーミーな動物性の旨味が、ただでさえ素晴らしい外側の香ばしさとの対比に一層の価値を与える。ここでは蛸はあくまで食感のアクセントに過ぎない。無くてはならないものだが主役ではない。こういう可不足の無い絶妙な扱い方が出来るのも、明石の蛸の上質さゆえだろう。この、完璧な映画のような無駄の無さの中にあって、鰹節や海苔などは邪魔者にしかならない。全く、一分の隙もないというのはこの事だ。
さらに、ダシを付けて食べると魅力が一段深まる。支配的だった動物性の旨味が魚介系のダシ(まぁ若干味の素っぽい安い味であるが)によって多層的になり、深みを増す。常温のダシによって温度も下がり、これによって蛸の存在が単なるアクセントから宝石のごとき密度を伴った存在感を示してくる。ダシの魚介系の旨味との相乗効果により、蛸の旨味が浮き彫りとなって、文字通り水を得た魚のごとく存在感を誇示してくる。完成度ここに極まれり。殊程左様に、たかが直径5cmほどの球体の食い物一つにここまで筆を進ませる(しかも食ってから4ヶ月経ってるw)という意味でも、この時の俺の満足度は理解して頂ける事と思う。
あまりに幸せな食事だったため、後で頼んだ焼きそばの味の記憶が殆どないw。厳密には細かい味の構成が記憶に無いだけなのだが、玉子焼に比べるとかなり単調で残念だった食後感だけはハッキリと覚えてる…。まぁここでは「確かに食べた」という記録のみ残すに留める。
本来、こういう地元にも愛される気軽な食事に小理屈を並べ立てる事ほど無粋なことはないとは思うが、関東人にとってはただひたすらに新鮮な味の感覚であるがゆえ、何度食べても興味は尽きないのである。特にエセなたこ焼きを長年食わされ続けた分、その価値観の崩壊度は、生まれた時から当たり前に慣れ親しんでいる関西の人には想像もつかないのである。勿論、明石の玉子焼の全てが美味いとは言えないだろう。あくまで本物の店で食う事の重要さは古今東西変わらないのは重々承知している。そういう意味でこのふなまちが、今や全国的にその名が知れ渡った有名店だとしても、長年変わらずどこの誰でも安心して食べる事が出来る「本物」の店でい続けられるという事実をもって、明石玉子焼という料理の完成度と普遍性を思い知るのである。所詮B級食と片付ける事は簡単だが、ここから得られる価値は値段や格の高低に関わらず計り知れない。むしろ「ここから少しは勉強しろよ」と思える(値段と態度のみ)高級店のなんと多い事か。これからも近くを通れば(ここでいう近くとは、関西全域までを指すw)必ず立ち寄りたい店の一つである事は間違いない。