蔬菜坊@武蔵小山
これからデザイナーとしてどんどん活躍してもらおう思っていた、なかなか有望な後輩の女の子が、『料理やりたい』と言って会社を辞めた(07年の6月の話だが)。普通の会社員なら『どんな理由やねん!』といって一蹴するところだろうが、こんなblogをやってる先輩が何を言っても説得力は全くないので、勿体ないと思いつつも応援するより他ない(羨ましくもあるがw)。それに現在のウチの部署は、一人頭の仕事量がハンパではない。それも単純な事務作業ではなく、まるでケツの穴まで広げてみせるかの如く、己のクリエイティビティを全開(全壊)で発揮し続けなければいけないため、その負荷はこの道15年の俺でも相当なものだ。普通にしてれば並以上にモテるであろうビジュアルと性格を有する者でも、あの修羅場の中にあっては、見た目的にも精神的にもヤサグレざるを得ない。『パスタマンさん、見て下さいよ〜』といいながら、俺の席の後ろで頭を下に向け、ガリガリと両手で頭を掻いて大量のフケを落としている様を見た時、『ああ、女としての何かが壊れたのだな』と、表向き爆笑する俺の心の中は悲哀に満ちていた。そんな気持ちもあって、もっと女性として輝ける職場があるのなら、いくらこの仕事にセンスを発揮していたとしても、辞める事を祝福しないなんて事は出来ない。
その後輩が、俺が結婚したことを祝して飯をご馳走したいという。丁度(仕事絡みの事由で)渡さないといけないものもあったし、料理人を目指すという彼女がどんな店を選んでくるのか楽しみでもあったので、久しぶりに会社帰りに会って夕飯を食う事にした。3ヶ月ほどのインターバルを経て顔を合わせた後輩は、表情も言葉もすっかり女らしく生き生きとしていて、いかにかつての職場(そして引き続き俺の現在の職場…)が過酷であったかを相対的に物語っていた。
現在彼女は直接料理の仕事には就いていないが、某ネズミキャラの会社のグッズの企画の仕事をしながら料理の学校に通い勉強をしているという。もともと脂っ気の強い食い物はあまり好まず、北海道出身らしく魚介と野菜が中心の食生活を送っていたが、最近は精進料理に興味があるらしい。そんな彼女が選んで来た店がこの蔬菜坊だ。もう随分と昔に噂は聞いていたが、残念ながらそっち方面にはあまり興味がいかない質だった俺にはなかなか縁のない店だった。しかし齢40を間近に控え、流石に昔と比べると脂負けしがちな身体になってきたこともあり、今のうちにこういう料理も攻めておいた方が得策と、喜んでその選択に同意した。今だって、誰かに連れて来られない限り進んで行くタイプの店ではないからね。それに、これから料理人を目指す彼女の方向性を、そのチョイスを通して知るというのも興味深い事であったし。聞けば彼女は、今は野菜のみの生活を送るようにしているという。だから今日のコースも全て野菜のみで御願いしたらしい。俺を知る人なら、これがどんなに挑戦的な誘いか分かってもらえると思うw。
店は武蔵小山から目黒通り目指してしばらく歩いたところにある。武蔵小山といえば、今の俺的には『まさ吉』の一択しかない。また、いずれ紹介したいと思っているが、単に腹が減っただけで時間もないなら『じらい屋』で醤油ラーメンというのもいい。また商店街の中にもなかなかいいモツ焼き屋があるという。いずれにしろ禅料理を食おうなどと思いつく土地ではない。果たしてそんな俺の先入観を覆してくれるような店だろうか。期待は募る。
なにせ行ったのが結構前なので、書きながらちゃんと味が舌に蘇るかどうか不安だが、この突き出しの胡麻豆腐の濃厚な甘みは良く覚えている。添えられたダシ(鰹は使わず、コンブや干し椎茸でとる)の淡い塩味やわさびの残らない刺激との相性もなかなかだ。精進料理というと、脂っ気が無いというだけで味も素っ気もない料理だと思いがちだが、この胡麻豆腐は良い意味でそれを裏切る食べ応えであった。
先付けは黒豆、田作り、金時人参、そしてシャラン鴨。確か後輩は予約時に『野菜のみのコースでお願いします』と言ったハズなのだが、いきなり肉が入ってるw。まぁ俺は食えないわけではないので別にいいが。味の方は、とにかく野菜の質の良さを感じた。人参も黒豆も野菜の旨味を十分感じられる物で、実に丁寧に作られているのが良く分かる。一皿ごとに店主が大層ご丁寧に解説してくれるので、そのプラシーボ効果も若干無い事も無いかもしれないがw、技術力よりも誠実さが味に現れているので、長い説明も嫌味無く聞こえて心地いい。
これがメインということになるのかな。ひとつひとつを人生に例えたという(まぁ、禅だからねw)、13皿にも及ぶ20以上の食材を使った和え盛り。皿が多いと説明も長い。流石にそこまで細かく説明しなくても…というくらい長い。一度目だから興味深く聞けたが、これを二度三度聴く忍耐力は流石にない。
多過ぎて流石に全てを今更説明するのは困難だが、ここでもとにかく野菜。野菜の質の良さ、味の濃さ、そしてそれらを充分引き出す仕上げの丁寧さ、ここが目黒区だということを忘れさせるには十分な仕事である。椀、味噌、椎茸、豆、餅、米、どれも『その素材だからこの味』という因果関係がハッキリとした説得力をもっている。
コンブ&干し椎茸メインの出汁に大量の岩海苔を浮かべ、底には山芋のしんじょが沈んでいるという汁もの。海苔の旨味に支配された、見た目以上に濃厚な旨味を有する出汁の味わいが山芋の甘みと良く合っている。控えめな酸味がアクセント。
おっとこちらがメインか。お造りの盛り合わせ。だから、なんで野菜のみのコースを頼んでこれが出てくるのだw。魚は、正直野菜へのこだわりと比べると若干劣るかな。アンキモと自家製の唐墨、昆布締めは美味しかったが、ウニやブリはパッとしなかった。望んで出してもらったものではないだけに、残念ではある。
食事はうどん。これは美味かった。動物性の旨味を一切使わずとも、これだけ濃厚な味わいを作り出せるのだという驚きもあったし、多くの素材が織りなす味と食感のハーモニーが、植物のみという縛りを感じさせない、むしろそれだからこそこの味が出来たという魅力に昇華されていて、動物性タンパク好きの俺でもこれには全面的に納得せざるを得ない。特にゴマや松の実などの『実』の存在が効いている。
禅料理にもデザートという概念はあったのかどうかは定かではないので、『禅料理らしいデザート』という物言いが正しいかどうかは分からないが、〆は精進料理的な解釈で作られたいちごのソルベである。上にかかっていたのはスイカをひたすら煮詰めて作る自然の甘味料。禅料理版ヴィンコットみたいなものだが、粘度も甘みもより強い。ねっとりと口の中に絡まるような濃度であるにも関わらず、後口のスッキリ具合はやはり果物のみを煮詰めて作ったからだろう。素朴で滋味深い。最後を飾るに相応しい一品であった。
噂通り、野菜使いの上手さは流石である。それも、変に技巧を凝らしたり複雑な味にしてしまう事無く、あくまで素材の良さを真摯に生かそうとする姿勢は素直に感動を覚えた。どうせなら下手にお造りや鴨などの間の手を入れず、ひたすら野菜、穀物のみの味わいで勝負しても面白いし、実際そうするだけの資格があるように思えたが、それは俺が酒を飲まない(つまみとしての皿を期待しない)からだろうか。聞けば有名人なども多く訪れると聞くし、商売上の戦略に兎や角口出しはしない。ただ、そうすれば数々の『説明』はもっと省けて、ストレートに作り手のコンセプト(心)が伝わり、禅料理というものの敷居がより低く馴染み易い物になるような気がするのだが。肉好きの俺ではあるが、それ以上に姿勢の明確な店が好きな俺は、食いながらそんな事を思った。
後輩とはその後、通り沿いの店内にガラクタ?が沢山置いてある喫茶店でコーヒーを飲んでから分かれた。デザイナー時代とは見違えるほどすっかり血色の良くなった後輩が、果たしてどれくらい本気で料理の世界に足を踏み入れようとしてるのかは今回測りかねたが、まぁあいつの事だから飄々と人生渡って行くのでしょう。店でも出した暁には、パスタ番で使ってもらおうかな。
Comments
じゃりは結構精進料理好きなんですよ。お盆やお彼岸の料理が結構楽しみだったり(笑)
お肉より魚、それ以上に野菜好きです。呑み食べ大好きなだけに体を休めるために節制する日を設けて(動物性なしの日)体を浄化することもあるのでこのお店は興味深いです。
(名前は知っていたけど)
どうせならホントに野菜だけの料理が食べてみたいですね。
ごま豆腐は食べるのも作るのも好きなので食べてみたいですね~。
ちょっとづついろいろスタイルも好きなので和え盛りも美味しそう。胡麻和えかな??赤い器のと、柑橘に入ってるのが気になりました。
うどんやお吸い物の出汁の味も興味そそるな。
Commenter: じゃり | 2008年04月24日 10:26