La Piccola Tavola@永福町
料理に限った事ではないのだが、どうも俺は物事を俯瞰するより近視眼的に見てしまう傾向があるようだ。一種の職業(本職はプロダクトデザイナー)病かもしれない。空間よりもそこに置かれるモノの方に興味があるし、信念として、『細部が全体をも支配する』、もしくは『神はディテールに宿る』と信じているからかもしれない。まぁ100%どちらかという事ではなく、あくまで傾向ということであり、手法という事だ。手法というのはつまり、ディテールから入っていずれその全体を掴む、プロセスの事を言っている。これは俺のウィークポイントでもあり、強みでもある。
これが料理になると、イタリアンではなくパスタやピッツァ、中華料理でなく麻婆豆腐やエビチリに興味が行ってしまうということは、このblogを読んでる人なら容易に分かるだろう。パスタを突き詰めて行く事で、結果としてそれを生かす前菜やメインまで領域を広げて行くやり方。これまで手を染めたどんなジャンルの物事も、全てこういうやりかただった。
そういう意味で、一点突破というか、特定のディテールを突き詰めている店は好きだ。このblogに紹介されている店もその傾向が強い。イタリアンという巨大な料理体系の中で、ピッツァはほんの1種類の料理に過ぎない。しかし前菜からメインまでソツなく纏まっている店よりも、ある一種類を突き詰めてしまっている店は心に残る(他が記憶に残らないという欠点はあるが)。
今では都内に限らず美味しいピッツェリアは至る所に出来たが、俺が最初にナポリピッツァの凄さを見せつけられたのはこの店である。この店に出会わなかったら今ほどピッツァにのめり込む事は無かっただろう。俺にとってまさにクラシックと呼ぶに相応しい店なのだ。
ただいかんせん、ピッツァ以外の料理はそれほど印象に残らない。勿論あのピッツァが食べられるだけで充分満足だが、俺がこの店で食った中で記憶に残っている、数少ないピッツァ以外の料理もいくつか紹介しとく。まずは鱸のカルパッチョ。どうもこの店は、ピッツァ以外の料理は軽めの皿の方が得意と見える。こういう、最小限の手数で素材の持ち味を生かす料理の方が美味いと思う。特に柑橘系の酸味の効かせ方は抜群だった。そもそもピッツァがそういう料理だからかもしれない。
ヤマメの香草グリル。一応メインの部類に入る料理だが、ポーション的にも手数的にも素材的にも軽めの料理故、味的には満足感のある一皿であった。イタリアンでヤマメというのも意表を突かれたが、それを引き立てる香草の効かせ具合も塩加減もとても上品で好みであった。これを食ったのが丁度5月くらいだった事もあり、ピッツエリアで春の味を満喫出来たという事でとても印象に残っている。
続いてパスタ。正直、総じてここのパスタは特筆すべきものではないと思う。しかしどうしてもピッツァの前にパスタが食べたいなら、シンプルでアッサリ傾向のソースなら食べてみてもいいと思う。このボッタルガを贅沢に使ったパスタなら、そこそこ満足出来るだろう。
この、野菜の甘みをソースに十分に生かした菜園風パスタも印象に残っている。使っている野菜がいいのかブロードの取り方など下ごしらえが上手いのか(まぁ両方だろうが)、野菜だけでしっかりした食べ応えを演出していた。ただ、麺そのものは今一歩だった。唐墨の時は茹で加減もいい塩梅だったが。
さてここからが本番。生憎食ったメニューの全てを写真に撮ってないので現在写真があるもののみご紹介。まずはシンプルにプロシュートとモッツァレラのみのピッツァ。生ハムにパンチがあるのでソース無しでも十分に食える。そしてなによりこの生地の素晴らしさ。モチッとカリッのバランスといい、耳のふっくらとした厚みに対して中の程よい薄さといい、粉の風味といい、ボリュームといい、それまで食ったナポリ(風)ピッツァは皆ただの総菜パンでしか無かった事をまざまざと思い知らされた。ただ、『過発酵気味?』とすら思わせられるようなモチモチの存在感溢れる生地に対抗するかのように、惜しげも無くモッツァレラを使うここのスタイルは、俺にはこの上なく嬉しいが、女性一人だとキツい量かもしれない。なるべく4人以上で行く事を勧める。
そしてこの店で最も頼むべきメニューであるマルゲリータ。これはプロシュートとルッコラがトッピングされているが、出来れば最初はただのマルゲリータを頼んでみた方がいい。ここのマルゲリータは、いまだに俺の中では一つのデファクトスタンダードになっている。ここレベルのマルゲリータを出せる店ならば、良店と呼んで差し支えないと思う。たまにここのピッツァをただ『普通。大した事ない』と一刀両断してしまう輩もいるが、そいつは一体ナポリピッツァというものに何を求めているんだろうか。勿論今となっては、ここレベルのピッツェリアは都内に限らずいくつか存在する。しかしこのレベルまでくると、それぞれ生地やソースなどに店特有の特徴があり、その中で最も好みの味を見つける(もしくはその違いを楽しむ)事は出来るかもしれないが、一元的に比較出来るものではない。まぁこの店のレポに限らず、味を表現するのに『普通です』と書いてしまってる時点で、その書き手から何も得るものが無いのは明白なのでどうでもいい事だが。
ピッツァ・カルボナーラ。数あるここのピッツァの中でも最も『濃い』一枚だと思う。ただでさえここのピッツァはしっかり食べ応えのあるものなのに、パンチェッタと卵黄がそれに拍車をかける。食い手を選ぶのは確かだが、俺は割と好きな一枚。勿論マルゲリータを超えるものではないが。
シキ・カ・ドーレ・マーレ(だったかな?)。野菜とキノコメインの楕円形のピッツァ。ここまで具沢山になってくると、ここの生地やソース本来の良さが若干スポイルされてくる。本来はソースだけ、チーズだけでも十分食べ応えのあるものなので、盛りだくさん過ぎて、一枚食べ切ろうと思うと最後の一切れくらいで飽きが来る。複数でシェアしながら食べる一枚。
この店も今やすっかり有名店であるが、相変わらず活気のある店内と釜の前で職人の厳しい顔をたたえるマッシモさんの対比は変わっていないのだろうか。『店員が無愛想』などという声もちらほら聞こえるが、店員の質も変わってしまったのか? もう随分と行っていないので、今度久しぶりに食べに行ってみよう。地方も含めてあれから色々な店でナポリピッツァを楽しんだ。その舌で味わう原点の味は果たして落ちてしまったのだろうか。それとも老舗としての威厳を纏っているのだろうか。どちらにしろ、俺にナポリピッツァのなんたるかを叩き込んでくれた店には違いない。