'07『中部3県食い倒れ紀行』その6〜最終日の夕食
◆三日目夕食:鈴喜@川名の鶏なべ
はじめに、この店でこのツアーの食を締めくくれた事の幸運を感謝する。別に誰にというわけではなく、名古屋にこんな店が存在するという事実を知れた事に感謝だ。味だけでなく、これほど心が癒される店は滅多に出会えない。勿論おばちゃんと店主の絶妙なキャラなくしては、この奇異で底抜けに暖かいホスピタリティはなし得ないし、他の店が真似しようとしたってまず不可能なのだが、料理屋を営むものなら、『サービスとはなんぞや』を知るために、一度は訪れてみてもいい店だと思う。なにも吉兆やロブションに代表されるような、鍛え抜かれ洗練された、ある種の特権階級的給仕だけがサービスではない。
無事名古屋に到着し、急いでホテルにチェックイン(別に翌日も何か食うわけではなく、翌朝新幹線でそのまま出社する予定なので、今夜は名古屋泊なのだ)、すぐさま最後の晩餐のスペシャルゲスト、エイジマン夫妻に連絡を取り、地下鉄を乗り継いで川名駅で合流。久しぶりの挨拶もそこそこに、『本当にこんなとこに店があるのか?』と不安になるようなごく普通の住宅街を通り抜け、たどり着いたのは鄙びたいい感じの外観の鶏料理屋。寒さに押されて扉をくぐると、想像以上に広く感じる(席間を広く取ってるためだ)店内の客はみな笑顔。しかし決して店内が五月蝿いわけではなく、何よりも先に、皆の心から幸せそうな笑顔がまず目に飛び込んできた。
『さて、席はどこかな?』と目を店内に行き渡らせながら、下駄箱に靴を入れるか入れないかの段階で、異常に腰の曲がった見るからに人懐っこそうなおばちゃんに勢い良く声をかけられる。『ちょっとお姉さん、この皿奥のテーブルに運んでぇ〜!』と相方が料理の乗った皿を渡され、俺が小上がりを上がる頃には分けも分からずフロアで手伝いをさせられている。まだ席にも着いていないのにw。いきなりの事に面食らいながら、『あのぉ、先ほど電話したパスタマンですが...』と言うと、奥から『善良』が服を着たようなおっちゃん(店主)が『ああ、予約したのね。良く電話繋がったねぇ〜』と、まるで他人の店のように宣うw。なんだよこの店はw。
ようやく席に着くと、さっきのおばちゃんが『いやぁ〜、忙しうてかなんわー、忙し過ぎて子宮がいてぇわ』wと意味不明な言葉を吐きつつ、『お兄ちゃん初めてか。じゃぁ特別におばちゃんが注文書いたるわ』と、まるでそれが選ばれた人にのみやってる事のようにいうw。そしてこちらの言葉も待たずに、『お兄ちゃんアレに似てるな、ホラ、ダンス踊る・・・ああ、パパイヤやパパイヤ鈴木。じゃぁお兄ちゃんはパパイヤやな』と、伝票の一番上にでっかく『パパイヤ』と書かれる。どうやら気に入られたらしいw。ちなみに我々の後から来た若いグループの伝票はキムタクであった。なんだこの差は。つーか、おばちゃんの色男の定義付けの限界がどうやらキムタク止まりらしい(あとで聞いたら、一部屋に3人キムタクがいる場合もあるらしいw)。しかし、最初に『初めてか』と言ってたのに、何故か名前が決まった後は何度言っても『いや、絶対前に来た事あるやろ?』と、一見の客だと信用してもらえないのは参った。まぁそのおかげで料理はほぼ自分たちで選ぶ事が出来たのだが(初めての場合、おばちゃんが全て選んでくれる)。
こういうやりとりを各テーブルで、空間全てに響き渡るような大声で間断無くやってるものだから、やがて、まるで貸し切り状態のように全ての客が一体化する。この心地よさはなんだろう。おばちゃんの強烈な個性が吸引力となってこの心地よさを作っているのだが、よく考えると、客にとってはかなり理不尽な事を言われているにも関わらず、嫌な気分ひとつしないどころか、もっとおばちゃんに絡みたくなる魅力溢れるキャラ。このおばちゃんを知れただけで、もう料理を食う前からもとを取っておつりが来るような満足感を覚えた。
そういうわけで、飲み物も当然客が冷蔵庫を勝手に開けて持ってくるw。なにやら目まぐるしい展開に泡食って、エイジマン夫妻との久々の再会を噛み締める余裕もなかったが、やはり自分たちで栓を開けて乾杯する頃にようやくお互い顔を見合わせ、『凄かったねぇ』と笑いながら再会を喜び合った。....のも束の間、再び『さて何食うんや』のかけ声とともにおばちゃん台風が襲来w、持って来たメニューを指差して『まずはこの鶏味噌食べて。これが一番儲かるんやわ』とw。儲かるかどうかは知らないが、これが突き出しとしてなかなかの一品。甘めで濃厚な味付けがこっくりとした味わいの豆腐と良くあう。『おばちゃん、これうめぇよ!』と言うと『そやろね、これ儲かるからね』とやはり会話は意味不明w。しかし言い終わった後に見せたギディオンも足下に及ばないようなとびっきりの笑顔が、おばちゃんの気持ちを物語っていた。
ここからは鍋に至るまでの伏線として『自分たちで』選んだ逸品の数々。まずは鳥刺し盛り。モモ、ササミ、スナギモ、レバー、ハツ。どれも甘みが強くその鮮度の良さを物語っている。特にレバーとハツが歯ごたえ、旨味ともに秀逸。薬味なぞ使わず塩のみで食いたい。
唐揚げもまた素晴らしい。名古屋風ではなく、関東人にもなじみ深い昔ながらの上品な味付けで、しっかり揚がった衣の中から溢れ出る肉汁のジューシーな事。名古屋は今のところ4回目の来訪であるが、俺が食った中では今のところ名古屋で一番美味い唐揚げだ。
これは磯揚げ(磯辺揚げではない)。鶏を海苔で包んで衣で揚げてある。これもまた何も変わった事はしていない。ただ良い素材を良い手際で調理しているだけだ。しかし素晴らしく美味い。酒飲みならたまらない味だろう。
揚げ物が続く。これはとりかつ。モモではなくササミをカツにしたもの。パサつかずシットリとした肉質がカラッと揚がった衣と良いハーモニーを奏でる。揚げ物なのにとても軽く、胃に優しいサッパリとした一品なので、揚げ物続きでもスルスル食える。これも塩で食べると鶏の甘みが存分に味わえる。
隣のテーブルが頼んでいて美味そうだったので便乗して頼んだ一品。『マリネってのはまぁ、フランス料理みたいなもんや』と、俺が料理に疎そうな顔をしていたのか、おばちゃんに3回ぐらい説明を受けたw。まぁ確かにフレンチの技法であるが、出て来たものは別にフレンチでもなんでもないw。しかし香味野菜と一緒に良く漬け込まれたモモのスライスは、しっとりとしてなかなかの味。常連は大抵頼むというが、なるほど頷ける。まるいのチキンスパイシーを上品にしたようなお味。
箸休めにはポテサラ。ドレッシングも自家製なのか、マイルドでよろしい。ポテトサラダそのものも穏やかな味付けなので一見かけ過ぎのようにも見えるが味的には全然オッケー。こういう居酒屋メニューが美味いのも嬉しい。
そして早くもメインの鶏鍋。この季節限定の一品だ。鍋の中に浮かんでいる白い杏仁豆腐のような塊は、鶏のモミジのみでとったスープを冷やして固めたもの。ベースのスープはこれだけだ。八丁味噌ベースの濃厚な鍋を覚悟していたのでこれは予期せぬ誤算(勿論いい意味で)。ここはどうやら名古屋っぽさは全く出さない鶏料理屋らしい。後で聞いたら、親父は赤坂の某鶏料理屋で修行したらしい。なるほど納得。
初めての客は、おばちゃんが鍋奉行となって全てプロデュースしてくれる。これがなかなかに勉強になる。もっと大雑把に作るのかと思ったら、顔(ちょっとアホの坂田っぽいw)に似合わず非常に理にかなった作り方だ。これは俺が説明するより、直におばちゃんに指導してもらった方がいいと思うので、ここでは詳細は書かないでおく。写真の見た目から想像して下さい。ここで写真をバシバシ撮ってたら、『同業者かっ!』と(笑いながら)一喝されたが、『違うよ。東京から来て、これも旅行の一環だよ』というと、『お、パパイヤ東京からか。向こうでいっぱい宣伝してきて!』と言われた。言われなくてもこうして書いてますがなw。
そして嬉しい事につけダレも大量の大根おろしにポン酢という組み合わせ。タレというよりポン酢味の大根おろしと絡めて食べるという具合。モミジのスープのおかげで水炊きほどアッサリでなく、博多の水炊き程こってりでもない、その中間ぐらいの食べ応えでちょうど良いバランス。やはりジューシーな鶏肉は味噌でなくこういう白湯ベースの鍋が嬉しいね。ちなみにここの鶏は北設楽の鶏らしい。基本はコーチンなのだろうが、ちょっと宮崎地鶏が入ったような、程よい歯ごたえと程よい旨味。そして肉質はプリンとしている。鍋にはこういう鶏がいい。
食べてる間も終始おばちゃんの独り舞台を堪能しつつ、気づけばあっという間にフィナーレの雑炊。昼間に食ったフグの雑炊も凄かったが、あれとは別の意味でこれも負けてない。あっさりとしながら余計な味が無い、ストレートに鶏のパンチある旨味が堪能出来る。これもモミジのスープのおかげか。卵のふんわり具合もいいし、青物は三つ葉のみという爽やかさを全面に出した割り切りもいい。この凄まじい旅を締めくくるに相応しい心穏やかになる至福の味わい。これのおかげで見事に着地が決まった。
名残惜しさのあまり、食べ終わっても延々と店主やおばちゃんと話し込んでしまい、気付けばいつのまにか最後の客に。ここは舞台の役者さんなども良く来るらしく、この日もある舞台に出演中の役者さん(壁にポスターがあった)と仲良くさせて頂いた(その後エイジマンは楽屋挨拶に行ったのだろうか)。おばちゃんの前では立場なども忘れてみな子供のように無邪気になれる。必要以上に優しくなり、必要以上に親切心が芽生え、客なのに率先して店の手伝いをしたい衝動に駆られる。美味い店は数あれど、こんな気持ちにまでさせてくれる店は滅多に無い。その流れで、会計も勿論自分で電卓片手に計算して払う事が暗黙の了解になっている。誤摩化す奴なんていないだろう。気持ちが優しくなってるとかいう以前に、誤摩化す気も失せる程安いからw。この安さも、前述の通りのやり方で人件費をかけずに済むからだと思うが、それを客に強いる事無く(いや、強いてるけどw)、むしろ客の楽しみに昇華させてしまうおばちゃんマジックはただただ見事と言うよりほか無い。それならもっと取っても良さそうなもんだが、開店以来20数年値段を変えない事で全部客に還元してしまう。こんな良心の塊のような店がまだ存在するのだ。味も含めて、ここ以上にこのツアーを締めくくるのに相応しい店は無い。そしてこんな店に、他ならぬエイジマン夫妻と来れたと言う事も、我ながら素晴らしい選択だったと自負せずにいられない。あの、人情が建物の形をしているかのような店の空間の中に、エイジマン夫妻のような人徳者がいるという事がなんだかとても嬉しかった。
おばちゃんと約束したからと言うわけでなく、心から思うのであらためてここに書いておく。名古屋に訪れたなら、いや、わざわざ新幹線に乗ってでも、一度は行ってみるべき店である。本当はここ読んでる奴全員に行けと命令したいくらいなのだがw、お勧めというより、日本人ならここに行く事を義務としてとらえるべきである(言い過ぎ)。そして川名の人は、この店がある事を誇りに思ってよいと思う。『(俺にとって)美味いけど、別に明日無くなっても困らないか』という店が増えている中、ここは数少ない『絶対無くなって欲しくない店』の一つだ。それは単に出される料理が美味いというだけでは持ち得ない、希少かつ普遍的な価値なのだ。
さて、たった三日のツアーの割に相変わらず長いレポートを、仕舞いまで読んでくれた方々ありがとう。当初の目的であった、この地域の食の凄さをどれだけ啓蒙できたのか分からないが、一人でもこのレポを読んで俺と同じ感動を味わってもらえたなら幸いである。今年はついに車の導入を果たしたので、ここまで大掛かりではなくともちょくちょく今まで行けなかった場所に足を伸ばすつもりであるし、勿論店に食いに行くだけでなく、本業(じゃねーけどw)のパスタの方のさらなる充実のために食材入手行脚も敢行出来る。生憎後部座席は狭いが、それでも良ければ俺のツアーに動向したいと言う奇特な人にも対応可能だぜ。これからの季節オープンは気持ちいいしね。そういう人は遠慮なく言って下さいな。つーことで、次の更新までしばしさようなら。
(完)
Comments
磯揚げと磯辺揚げはどう違うの?
鶏のモミジのみでとったスープ・・・モミジて、なーに?
と、疑問も多々あったのですが、ともかく美味しそう!マリネと雑炊食べたい!
Commenter: モー | 2007年03月06日 18:35
もー:
>磯揚げと磯辺揚げはどう違うの?
呼び方の違いだねw。味の違いは多分ないと思うよ。西では磯あげという呼び方が多いみたい。
>モミジて、なーに?
鶏の手ですな。中華でよく出てきます。↓参照。
http://blog.pasta-man.com/images/kanton_momiji.jpg
Commenter: pasta-man | 2007年03月07日 18:54