美かさ@宮崎台
贅沢というのは、こういうことを言うのだろう。38年間生きてきた中で最高の天ぷらが、実は自宅から歩いて行ける距離にあったという発見。しかも東京の名店(といわれる店)の半額ほどで食べられるのだ。いや、値段の問題ではない。天ぷらは基本的に、西より東の方がレベルは上だと思うが、東京でもここまでの天ぷらは俺は食った事が無い。そして距離の問題でもない。この店が例え北海道にあろうが四国にあろうが、『一番食いたい天ぷらは?』と聞かれれば迷わず『美かさ』と答えるだろう。ここへ越してきてもう1年3ヶ月になるが、この店に引かれて来たのではないかと思えるくらい、俺にとって重みのある出会いであった。
非の打ちどころがないとは、こういうことを言うのだろう。素材、揚げ技術は勿論、タイミング、客層、内装や店内の雰囲気、店主の人柄に至まで、ただ俺の満足中枢を刺激するためだけに働く装置と化していた。かつて行った店で、払った対価に比してこれだけの満足感を得た事はかつてあっただろうか、という風に考えてしまうくらい、素晴らしい食体験を味わえる店であった。
どこまでその凄さを表現出来るか分からないが、なんとか言葉にしてみようと思う。
綺麗な漆のカウンターに座ると、まずこの抹茶塩、酢橘、天つゆ、大根おろしが置かれる。行儀が悪いがそれぞれちょっとずつ舐めてみた。天つゆはそのまま飲めるほど上品な味付けで、スッキリとした出汁の効き方が、その後供される天ぷらの繊細さを物語る。塩も美味い。でも何より吃驚したのが大根。この甘みは凄い。そのまま何も味付けしないで食い続けたい衝動に駆られる。
そして天ぷらの前にアミューズとしてお造りが出される。白身、赤身、ともにこれから揚げられる素材のクォリティの説明役となっている。果たしてこの季節、どんな素材が揚げられるのだろうか。
ついに最初の一品が登場。カウンターの上に出されるので、店主に丸見えで実に写真を撮りにくいw。さらに、皿に(押韻)乗せられるごとに店主の説明が入るので、タイミングが難しい。そして何より天ぷらほど足の速い料理もないので、出来立てをすぐ食べたい。そんな苦難を乗り越え、なんとしてもblogに載せたいという執念で、今までに無いくらい素早く撮影し、まずは手前の慈姑を素早く口に放り込む.....はぁ....一口目で思わずため息が出たのは久しぶりだ。これって本当に慈姑か?と思うくらい、クセがなく上品な甘み。どんだけアク抜きすればこうなるのだろう。そしてこの衣がまた素晴らしい。薄く上品なのだが、カリッ、サクッという方向性ではなく、どちらかというとソフトでフワッと軽く、素材とともにあっという間に口の中で溶解する。しかしカラッとしてベタついた感じはまるでなく、食後感が実にスッキリとしている。これが俺の好みにドンピシャであった。食べ進むうちにさらにハッキリと分かるのだが、これ以上素材の美味さを引き出す衣は無いだろう。続いて空豆。甘い。芸術的な素材の持ち味の引き出し方だ。そして最後に海老の頭。これが口の中からなくなる頃には、既に目はうつろになっていた。
一品目の段階で、生きた車を捌いていたので出てくるのは分かっていたが、続いて海老の登場。左利きの俺らのために、尻尾はちゃんと左に向けられている。この海老がもう昇天もの。断面を見ると、火が通ってるのは外側3割程か。しかし中心部分が冷たい訳ではない。これ以上火が通っても通らなくても、ここまでの甘みは引き出せないだろう。少なくとも、天ぷらに限らずここまで海老の甘みを引き出している食い物を、俺は食った事が無い。北品川の海老フライとはまた次元の違う凄さ。勿論それぞれにこの上なく魅力的だが、料理としての完成度という意味では間違いなくこの海老に軍配が上がる。
次がアスパラ。噛み締めた瞬間、尋常でない量のジュースが口の中に溢れ出す。感嘆のため息しか出ない。アスパラは良くパスタの素材で使うが、こんな味わいを持っているとは....知られざるアスパラの新たな側面を見せられた気がした。
間髪入れずにキスw。まるで淡雪のようなフワッと解れる肉質なのに、身が艶かしい程に厚く肉感的だ。そしてその身の質に呼応しあうかのようなここの衣の軽さ。主張しすぎない存在感を示しつつ、絶妙な距離感で素材をまとっている。妙にサクサクさせ過ぎの衣ではこの一体感は出せない。
しいたけ。懐にしんじょを抱かせている。ここでも、噛む程に素材に対する店主の惜しみない愛情を垣間みれる、いわばラブジュースが溢れ出すw。これで動物性の旨味をスッキリ洗い流し、再び動物性の旨味を堪能する。全て計算ずくだ。
本当はこの次に岩がきが出たのだが、皿の上で色々と儀式が執り行われたので写真を撮る機会を逃した。店主の指導のもと、岩がきの天ぷらの上に大根おろしを適量乗せ(このおろしの量で温度をコントロールする。『猫舌なら多めに』との指導が入るw)、乗せ終わったところで店主がパラパラと塩(抹茶塩とは違う粗塩)を振ってくれる。それをスタートの合図に一気に口の中に放り込むのだ。ここで初めてこの大根の尋常でない甘さの意味を悟った。牡蠣の磯の香りとクリームのような甘み、それが大根のサッパリした甘みと解け合うと....思い出しただけで半笑いになってしまう。
この日一番吃驚というか、感動したのがこのハスかもしれない。こんな甘みは体験した事が無い。素材も勿論凄いのだろうが、野菜の持つ独特の旨味を、ここまで引き出してさらに素材の中にとどめきってしまう揚げ技術って....驚くほか無い。
ここが本日一番の山場だろう。この季節ならではの肉厚のアオリだ。ただでさえ尋常でない甘みをたたえるこの時期のアオリが、ここの衣と揚げで、もはやどこか別の宇宙の食品になっているw。既に海老の時に伺い知れた事だが、やはりこの火の通し具合はただ事ではない。ここで断面をお見せしたいのだが、感動でそんなもの撮ってる場合ではないのだw。このアオリの断面は行って是非見てもらいたい。
アオリショックも醒めやらぬうちに、エビイモが供された。パラリと振りかけられた柚子の香味が清々しい。ここの衣が凄いのが、薄くソフトでフワッと軽いのに、つゆの中につけてもすぐドロドロになったりしないことだ。トロッと甘いエビイモと、実に良いコントラストを見せる。
100%混じりっけなし。白魚のみのかき揚げ。もうだんだん書いてるのがバカらしくなってきたw。どんなに考えても、あの時の感動は表現出来ないんだもの。ただ一つ言えるのは、ここの衣は勿論、あらゆる素材と解け合ってえも言われぬ味わいを作り出すのだが、かき揚げになった時こそ、そのポテンシャルが全て引き出され、一番の主役に躍り出るのだと言う事だ。一連の流れの中で唯一、このかき揚げだけが、素材の方がやや脇に回って引き立て役と化す。今までいぶし銀の名傍役だった衣がここで主張することで、白魚の繊細な旨味がかえって良くわかる。
おおトリは江戸前の穴子。夏の穴子も淡白で好きだが、やはり穴子はふっくらと脂の乗った濃厚な味わいを楽しめる冬である。キスの時のように、口に入れた瞬間、衣と身が渾然一体となって味わいを螺旋状に上昇させる。ただしキスとは違い素材の旨味が濃厚なので、心地よい余韻がいつまでも続く。その至福といったら.....。
これも当然、目の前で生きた穴子を捌いてすぐ揚げる。揚げたてを皿に乗せ、菜箸で景気良い音をさせてパチンと二つに割ってくれる。店主のこの一連の動作も実に粋であった。
〆は天丼、天茶、蕎麦、うどんの4つから選ぶ事が出来る。俺は天丼、相方は天茶を選んだ。海老や貝柱の入ったかき揚げの味は言わずもがなだが、その上ご飯が尋常でなく美味い。俺はパスタ狂だが、実はうちは、米も相当に美味い(入手先は秘密w)。だから滅多な事ではご飯で感動する事は無いのだが、ここのご飯は大げさでなく凄かった。恐らく炊き方だろうとは思うのだが、最後の最後までここの素材の味の引き出し方に驚愕しっぱなしであった。
店主は、作っているときは終止寡黙で、ただそれぞれの食べ方しか言わない。顔も恐そうだし、一見頑固で気難しく、鼻持ちならない感じがするのだがw、全てが終わったとたん、人が変わったようにいい笑顔を見せ、一緒に世間話に興じてくれる。その言葉の端々から垣間みれる店主の人柄がまたたまらなく良いのだ。別に高尚な事を言うでもないのに、一言に重みがある。積み重ねてきた時間の密度と、何よりついさっきまで出されていた料理の数々の持つ説得力がそうさせるのだろう。この店主の、プロの職人の見本のような人柄も、この店の魅力の一つである。
さて、一体どんな言葉で締めればいいのか・・・・・陳腐だが、とにかく、魔法としか言いようが無い。生の食材に小麦粉の衣をつけて、ただ油で揚げるだけの料理が、何故どんな高尚な料理法も叶わない程、ここまで複雑で深い旨味を引き出せるのだろう。長い年月をかけて、地道な研鑽と研究を積み重ねることで、ここまで素材の旨味を引き出す事が可能になった天ぷらという料理法を考えるにつけ、逆に、人間がどんなに趣向を凝らして素材をこねくり回そうとも、自然の素材そのものが本来持つ旨さを超える事はできないのだという事を思い知らされる。ひたすらそれを有り難く思い、少しでも100%に近い形で引き出させてもらう事しか出来ないのだ。
美味を追求する事は、ある意味残酷な事である。美味いものを知れば知る程、自分がお釈迦様の手のひらの上にいるのだと言う事を思い知らされるのだから。しかし、食う者にそこまでの残酷さを感じさせてくれるほどの料理屋は本当に少ない。この店がその数少ない一つだと言う事、そしてそれが、気が向けばすぐ歩いて行ける距離にあるという事以上の幸運があろうか。その事をただただ感謝するばかりである。
Comments
で、この店はオレはいつ行けばイイのかな(笑)
東京出てきて天ぷら屋で天ぷら食べた事がないんだよねー
米沢屋とあわせて「行かなくてはならない」店な気がしてきた。
Commenter: matsu
|
2007年01月26日 13:45
matsuやん:
わざわざ登録してまでのコメントありがとう!
そりゃ、matsuやんなら行きたい時があればいつでも連れてくけど、わざわざ宮崎台までくるかい?w
ちなみに予約はコース7000円のみの設定です。このクォリティなら破格といえるでしょう。都内で食う事を考えれば。
そういや米沢屋は今週末また行く予定だけど、もう既に予約しちゃってるなー。いつにしようかね。来月後半はどうか? 他に行きたい奴いるかな?
Commenter: pasta-man
|
2007年01月30日 01:15
typepadは以前になんかの理由で登録してあったんでノー問題です。
美味い天ぷらのためなら宮崎台なんて近いもんですよ。
protoolsの使い方教わりに行きがてらにでもヨロシクです>美かさ
米沢屋、2月後半で行きましょう!
心当たり何人かにも声かけてみます。肉と言えばのあの人やあの人辺りに。
Commenter: matsu
|
2007年01月30日 14:07
あー、typepadじゃなくてtypekeyだ。
そんだけ!
Commenter: matsu
|
2007年01月30日 18:14