てんtoてん@識名
というわけで、かつてない程の激しい鼻息が俺の鼻毛を揺らしつつ、人生で初めて那覇空港に降り立ったのは2008年5月1日の午前中の事だった。荷物も預けず、予約しといたレンタカーもまだ取りに行く前に、まずはランチにアグーを喰おうという事である店(名前は伏せる)に直行したのだが、これが我ながら吃驚する程期待はずれでw、これまで行なったどのツアーよりも暗雲立ちこめるツアーの始まりとなってしまった。なにせ皆さんが行くような旅とは違い、我々のツアーは、沖縄なのに海の水には一滴も触れない(結局マジで一滴も触れませんでした)ような、食が駄目なら全て駄目な諸刃の剣の旅なのだ。『おい、大丈夫かよ沖縄…』と、今まで俺の脳内で発酵し倒した憧れがボロボロと崩れて行きかけていく。
しかしそんな事を今更言っても直ぐ帰るわけにもいかないので、レンタカーを借りて荷物を積み、おやつwに予定していた沖縄そば屋に向かった。
今回のツアー中、沖縄そばは、比較的新しい店と、現存する店で出来るだけ伝統的なやり方で作っている店の二店を選んで食べ比べる予定だ。まずは比較的コジャレてて新しめの店として選んだのがこの『てんtoてん』だ。何しろ沖縄本島でそばを喰うのは初めて故、恐らくこの一軒だけで沖縄そばの味を分かるわけではないだろうが、俺にとってはこの店の味がそのまま沖縄そばという食い物そのものの印象を決定付けてしまうことになる。心して食わねばならない。
初めて喰う本場での沖縄そば。一口目の感想は、『どん兵衛(もしくは赤いきつね)だな。』であったw。こんな事を言うと見識を疑われるかもしれないが、これは別に沖縄そばを貶めているわけではなく、単純に味のバランスと親しみ易さの事を言ってる。正直、これほど和風ダシの効いた食い物だとは思わなかった。もっと動物系の旨味が強く、味的にもオリジナリティの高い食い物だという先入観が(こちらで喰う沖縄そばとは違って)あったのだ。それがまるで、昔から慣れ親しんできたような既視(味)感のある味で面食らった。その中で最も近い味のバランスがカップのうどんだったのだ。
勿論スープは余計な旨味のない非常に上品な物で、化学調味料まみれのカップ麺とは比べるべくもない次元のものだが、なんというか『和』の配分というか、油分に頼らない旨味の出し方というか、現代のラーメンのスープように複雑な構造になっていない分ストレートに味蕾に響く。味は違うが、上海で喰った蘭州風ラーメンのような地に足着いた信頼感を感じた。
麺のピロピロな食感も『赤いきつね感』を醸し出している。柔らかいようで弾力があり、細かい縮れが口の中で跳ねる感じは、俺の知る限りでは佐野ラーメンのそれに近い。あれのスープに魚介系の出汁を多く使えば最も近い味になるかもしれない。また手もみ麺である事も驚いた。沖縄そばは基本的に茹でた麺に油をまぶして取り置いたものを使うと聞いていたが、それではこの優しい食感は出せないだろう。
店は外装内装ともに土着感が薄く、手作り感はあるものの、一言で言うとこじゃれてる。が、店の女性も皆対応が柔らかく居心地が良い。沖縄そばの店が全てこうだとは思えないが、初めて沖縄でそばを食べる者としてはこの店が全てである。もっと汚くて対応もぶっきらぼうだけど味は良い、みたいな店を想像していたが、そこは良い意味で裏切られた格好だ。まぁ俺はどんな店であろうと味が素晴らしければ何も文句はないのだけどね。
これまで色々な麺料理を食ってきた。蕎麦、うどん、ラーメン、中国の麺、東南アジアの麺、全てその土地で本物を食ってきた。それぞれに個性があり、歴史があり、魅力がある。そのどれにも属さない、最後の未知との遭遇を果たしたことに先ずは満足である。沖縄そばそのものの魅力を語るにはまだ経験値が足りないゆえ、多くを語る事は控えるが、この歳まで色々な食を体験してきた上で知る新しい味というのは、どうしても他の麺料理と比べてしか考えられないので、どうも手放しで喜べる気持ちにはなれないようだ。勿論、ホッとするような優しい味で決して不味いなどとは思わないが、少なくとも衝撃的に美味いものだとも言えない。翌日に予定しているもう一件を食せば少しは何か見えてくるかもしれない。